恋より仕事と決めたのに、エリートなお隣さんが心の壁を越えてくる
差し伸べられた手
翌朝、私は眠い目を擦りながらマンションの部屋を出て、下行きのエレベーターに乗った。
残業の疲れが抜けずに寝坊したので、いつも家を出る時間より十分遅い。
……昨日、ちょっとがんばりすぎたかな。
あくびを噛み殺し、一階のボタンを押す。ドアが閉まり始めたその時、誰かが駆けてくる足音がした。急いで【開】のボタンを押すと、見知った顔の男性が乗り込んでくる。
「ごめん、ありがとう」
走ってきたわりにさわやかな笑顔を浮かべるのは、隣人かつ同僚の真城さん。彼が動くたびにさりげなくいい香りがして、そんなところもさすがエリート営業だな、と思う。
「いつもこの時間に出勤ですか?」
「いや、結構バラバラかな」
「……そうですか」
「俺と出る時間をずらしたい、って思ったんだろう」
図星を突かれ、微かに動揺した。
否定しようかとも思ったけれど、彼には昨日、針ヶ谷さんとの低レベルな言い争いを見られている。無理に取り繕わなくてもいいか……。
「家を出てすぐ同じ会社の人に会うのって気まずくないですか? まだ出勤用の自分に切り替わる前で油断しているっていうか」
「そう? いつものカッコイイ神崎さんだと思うけど」
うちの営業部でそれこそ一番と言っていいほど〝カッコいい〟存在である彼に言われても、説得力がまるでない。
むしろ茶化されている気がして、眉をひそめてしまう。