恋より仕事と決めたのに、エリートなお隣さんが心の壁を越えてくる

 正式に辞令が出たのは三月だった。

 四月一日付での異動に合わせ、仕事の引継ぎや取引先への挨拶でバタバタしつつ、最後の大仕事となった和食レストランでの試飲会の日がやって来た。

 針ヶ谷さんには必要以上の手伝いは期待できないので、ひとりで朝早くに出勤して準備を進める。

 前もって用意しておいたハーフリッターのワインを十二本、専用のクーラーボックスに入れ、書面の資料はファイルにまとめて自分のバッグに入れた。

 針ヶ谷さんにはクーラーボックスの運搬と、現地でワインを提供する作業の補助を頼んでいる。

 彼だって私よりキャリアが長い営業なのだから、さすがに客前で横柄な態度はとらないはず。

 あとは、私がどれだけうまくプレゼンできるかよね……。

 自分のデスクに置いたクーラーボックスのふたを開け、一つひとつのワインの特徴を頭の中で反芻する。

 その時、私以外誰もいなかったオフィスに誰かが入ってくる足音がした。

 なにげなく振り向き、その人物と目が合う。

「おはよう。神崎さん、早いね」
「おはようございます。真城さんこそ」
「ああ、ちょっと昨日残した仕事がしたくて。そういえば、来月からきみが仲間になるって聞いたよ。改めてよろしく」
「いえ、こちらこそご挨拶が遅れてすみません。よろしくお願いします……!」

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