恋より仕事と決めたのに、エリートなお隣さんが心の壁を越えてくる

 このところ忙しかったから、彼とはあまり顔を合わせていなかった。だからあまりピンと来ていなかったけれど、今後は真城さんと今まで以上に近しい同僚になるのだ。

 ここまできたら、もう気まずいとか言っている場合じゃない。お隣さんであることを最大限活用させてもらって、彼の営業力だけでなく、人間力も学ばせてもらうくらいの気概でいよう。


「そのワインは?」

 そばまで歩み寄ってきた彼が、クーラーボックスを覗く。

「今日、営業先で試飲してもらうものです。」
「こないだ資料室で言ってたやつか。これ、ひとりで運ぶの?」
「いえ。針ヶ谷さんに協力をお願いしています」
「……そう。その後、アイツに変なこと言われてない?」

 針ヶ谷さんの名が出た瞬間、真城さんの眉がピクリと震えた。一度私たちの言い合いを目撃しているから、心配してくれているようだ。

「大丈夫です。たとえなにか言われても、あと少しで異動ですから軽く流せますよ」
「神崎さんは強いな。それに聡明で心根がまっすぐだ。海外営業部での活躍を期待する浅井部長の気持ちがわかるよ。ちなみにこれは、営業トークじゃない」

 真城さんは一度も私から目を逸らすことなく言い切る。最後に付け足されたひと言で、心を見透かされた気がした。

 どうせお世辞に違いないと思ったからまじめに取り合う気はなかったのに……これじゃ、はぐらかせない。

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