恋より仕事と決めたのに、エリートなお隣さんが心の壁を越えてくる
この階には単身者向けの部屋が多いので、ひとり暮らしの人だろうか。
東京のマンション暮らしに近所づきあいはほぼないけれど、万が一災害が起きたときなんかには声を掛け合うこともあるかもしれない。
付き合いやすそうな人だったらいいな……。
さりげなく様子を窺いつつも結局家主の姿が見えることはなく、自宅にたどり着く。
斜め掛けしていたランニングバッグからカードキーを出し、ちょうど玄関のロックを外したその時だった。
「神崎さん?」
引っ越し作業が続く隣の部屋の方から私を呼ぶ声がして、ゆっくり瞬きをする。
玄関に表札はないしまだ挨拶もしていないのに、どうして名前を知られているんだろう。男性の声だったので少しの不気味さを感じつつも、おそるおそるその人物の方を見る。
女性にしては背が高い私よりさらに二十センチほど高いであろう、すらりと伸びた長身。
ナチュラルに下ろされた前髪が軽く目にかかっているのに、そこから覗くアーモンドアイが放つ眼差しは力強い。
中央にまっすぐ伸びた鼻筋、形のよい唇、どのパーツもたぐいまれな美しさが完璧なバランスで配置されている、俳優顔負けの顔立ち。
彼はシンプルなセーターに細身の黒パンツというラフな服装だったが、頭の中でスーツ姿に変換すると、記憶の回路が繋がった。
「真城さん……ですか?」
近づいてきた彼に半信半疑で尋ねると、笑顔と頷きが返ってくる。
でも、なぜパンドラパントリーきってのエリート営業の彼がここに?
たしか海外に駐在していたんじゃ……。