恋より仕事と決めたのに、エリートなお隣さんが心の壁を越えてくる

「嘘です。雑用ですよ」
「雑用? なんでそんなこと神崎さんに?」

 真城さんの眉間の皺が深まる。

 もしや、逆効果……? でも、仕事内容的には限りなく雑用に近い。

「わ、私にしかできない雑用なんです。とはいえ本来の業務での仕事に手を抜くことは一切ありませんのでご安心ください」
「いや、そういうことを言ってるんじゃなくて、どうしてふたりでコソコソ――あぁごめん。……俺、またやったな。今のなし。忘れて」

 テーブルに肘をつき、額に手を当てる真城さん。

 いったい彼になにが起きたと言うのだろう。怒ったかと思ったら『忘れて』って。

 ワインを飲みすぎて情緒不安定とか?

「コーヒー、飲んでみたらどうですか? 落ち着くかも」
「……ああ」

 真城さんは言われるがままカップに口をつける。ひと口コーヒーを飲んで小さく息をついた彼は、不意にこちらを向いてジッと私を見つめてきた。

「なんでしょう……?」
「いや、……手ごわい相手だなと思って」

 手ごわい? 私が?

 やっぱり部長から特命を受けたなんて言ったせいで、なにか誤解させてしまったのかもしれない。

「なにを言うんですか。私が真城さんより上を行くことなんて絶対ありませんよ」
「いや、もうすでに、俺の負けが確定してる」

 私を見つめたまま、自嘲するように笑った真城さん。ときに愚痴っぽいこともある彼だけれど、ここまで弱気なのはさすがにらしくない。

「どうしたんですか? もしかして、酔うとネガティブになるタイプですか?」
「……とりあえず、今はそういうことにしといて」

 すっかりアンニュイな空気を纏ってしまった彼は、それ以降特に口を開くことなく、静かにデザートとコーヒーを堪能していた。

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