恋より仕事と決めたのに、エリートなお隣さんが心の壁を越えてくる
しかし、同期の針ヶ谷と交際し始めたと聞いた時には、なんとなくおもしろくない感情が湧いたのを覚えている。
当時すでにニューヨークへの駐在が決まっていた俺はあまり深く考えなかったが、今になって急速に彼女に惹かれていることを考えると、この想いはあの頃から芽生えていたのかもしれない。
「真城さん、おはようございます」
オフィスに入る手前で、後ろから想い人の声がした。いくら俺たちの状況が気まずいものでも、こうした挨拶はきっちりとこなせるのが彼女らしい。
俺もつとめて平静を装い、彼女の方へ振り向くと微笑みを返した。
「ああ、おはよう。……神崎さん、顔色があまりよくないけど大丈夫?」
歩み寄ってきた彼女をまじまじと見つめ、尋ねる。
頬がかすかに青白く、大きな瞳の下にはメイクでも隠しきれていないクマが見えた。
「えっ? 全然平気ですけど……そんなにひどい顔してます?」
明るく笑って話す彼女の仕草は、確かにいつも通り。
俺の考えすぎか?
「いや、そういう意味じゃないんだ。逆に不安にさせたならごめん。でも、疲れがたまってるなら無理するなよ。最近、会社にいる時間が長いようだし」
「いえいえ、それはただの私の実力不足ですので、お構いなく」
「実力不足って。なぁ、もしかして俺のせいじゃ――」
俺が告白まがいのことをしたせいで、気が休まらないのではないか。
自意識過剰だと思われるのが嫌で言い出せなかったが、もしもそうなら謝りたくて口を開いたのだが。