恋より仕事と決めたのに、エリートなお隣さんが心の壁を越えてくる
「帰りながら話を聞かせてほしい。きみの負担にならない範囲でいいから」
「わかりました」
お世話になった産業医と看護師にお礼を言って、医務室を出る。
彼女のバッグは俺が持ち、それでもまだ心配で、廊下の途中で「背中におぶろうか?」と申し出る。神崎さんはふっとやわらかく微笑んだ。
「お願いしますって言ったら、本当にしてくれそうですよね」
「なにを当たり前のこと言ってるんだよ。遠慮ならいらないから、ほら」
ふたり分のバッグを右手と左手それぞれの手首に通し、彼女に背中を向けてその場にしゃがみ込む。しかし、一向に神崎さんが身を預けてくる気配がない。
怪訝に思って後ろを振り向くと、少し後ろで立ち尽くす彼女は、驚いたことに目に涙を浮かべていた。
俺は途端に慌て、彼女のもとへ駆け寄る。
どうやら、取るべき行動をまた間違えたらしい。
「嫌……だよな。うん。そういえばさっき医務室に運ぶ時も、きみの意思を確認せず勝手に抱き上げたりして悪かった」
セクハラで訴えてもいいと言ったが、そう前置きしたからといって許可なく女性の体に触れていいことにはならない。
しかも、神崎さんは俺の好意を知っていて、きっぱり断っている。嫌悪だけでなく、恐怖すら感じても無理はない……。