恋は復讐の後で
第二章 復讐を終えて
 エステルに媚薬を作ることを提案したのは彼女を嵌める為だ。

 私は自分に割り当てられた屋根裏部屋に行き、麻袋の中のキノコを分類し始めた。

 他の使用人たちが使用人棟に住み込みをしているのに対して、嫌がらせか、遠戚だからか屋敷の屋根裏部屋を私は当てがわれていた。
 埃っぽくて薄暗くているだけで気分が暗くなりそうな部屋だ。
 ベッドと机のみが置いてあって、無駄なものが一切ない。

 どうやら私はエステル専属のメイドで、彼女の世話をするのが主の仕事のようだった。
 エステルが明らかに私を嫌っているのに、あえてメイドとして私を扱うのは立ち位置を私に見せつけたいからだ。彼女は貴族令嬢で私はメイドに過ぎず、彼女に逆らう事は許されず理不尽な命令も受けなくてはならない。

 私はエステルに復讐を果たした時に、ナタリアとの記憶を思い出せるのではないかと期待していた。
 キノコは槇原美香子の世界のものと似ているが、微妙に香りや形状が違うものばかりだ。ここだが研究室ではない以上、成分の分析ができない。
(できるのは、人体実験だけね⋯⋯)

 私はとりあえず、自分の立場を利用しエステルの今晩の夕食に幻覚作用のありそうなマジックマッシュルームに似たキノコを混ぜることにした。

 ミナミシビレタケとアイゾメヒカゲダケに似たキノコを、部屋にあったナイフで細かくする。麻薬成分であるサイロシビンやサイロシンが含まれていれば、15分後から60分後には狂乱状態になるだろう。

 ナイフくらいしか部屋にはなくて、粉末状にするのは大変だった。
 しばらくすると、屋根裏の小さな窓を白い鳩が突いているのに気がついた。

「何? 手紙?」
 鳩は手紙を咥えていて、私が窓を開けるとクチバシから手紙を落として飛び立った。
 宛名も書いていない封筒を開くと、字が書いてあるが全く読めない。
(誰からの手紙かも、何が書いてあるかも分からないわ。早くこの世界の記憶を取り戻さないと⋯⋯)
 
 文字の記憶さえ失っているのに、エステルの事だけは鮮明にどんどん思い出してくる。
 それだけ私にとってエステルの非道な行いがキツかったということだ。

 その時、扉をノックする音と共にサントスが部屋に入ってきた。
 (入室の許可もしてないのに、部屋に入るなんて⋯⋯)

 ズカズカと入ってきて近づいてくる彼の目から、手紙と粉末状にしたキノコを咄嗟に隠した。
 記憶がないと伝えて手紙を読んでもらう事も考えたが、表からではなく伝書鳩で私に直接ひっそりと送られた手紙だ。
(この手紙の内容で問題が発生するかもしれない⋯⋯他人に読ませるのはマズいわ)

 「ナタリア、僕は本気で君との未来を考えているんだよ。明日のパーティー、君を僕のパートナーとして連れて行こうと思っている」

 彼は自分が誘ったら私が応えるのが当然と思っているようだ。
 この時点でサントスと私の関係が対等でない事がわかった。

(当然か⋯⋯雇主と召使いだもの⋯⋯)

 それでも、明日のパーティーに参加できるならば彼の提案を受け入れようと思った。
 記憶を取り戻す為にも、エステルが堕ちていく様を私は見ておく必要がある気がした。

 槇原美香子としての記憶を取り戻すと、私は如月教授及び研究室の人間たちへの憎しみに囚われた。
 あの時の私は私を追い詰める場所から逃げることしかできなかった。

 逃げた先にいたホストのスバルにカモにされ、死をも覚悟するくらい再び追い詰められた。
 私にも落ち度があったかもしれないと考える事は自分を追い詰めることにしか繋がらなかった。
 真面目で自己肯定感の低い自責体質の槇原美香子が行き着いた先はろくなものではなかった。

 ナタリアとしての私は憎い相手に復讐したいという気持ちは持てている。
 おそらくそれは誰が見ても不幸な境遇であるが為に生まれた感情だろう。

「ご同行させてください。サントス様⋯⋯」
「サントス様だなんて⋯⋯お願いだから2人きりの時くらい以前のように君の甘い声でサントスと呼んでくれ。君にぴったりのドレスも用意してあるんだ。姉上には内緒だよ」

 サントスは私の唇に人差し指を当てると、自分の行為に赤面していた。
(あまり女慣れしている感じがしない⋯⋯明らかに無理して背伸びしているわ⋯⋯)
 彼は私に好意を持っているようだが、私は彼が疎ましい。
 彼が私を対等に見てないのは振る舞いからも明らかだからだ。

「では、明日⋯⋯エステル様のお夕飯の準備がありますので失礼します」
 不思議なことに私はエステルの専属メイドとしての仕事は体に染み付いていた。時間が少しでも遅れればムチで叩かれ、気が利かないと怒声を浴びさせられ震え続けた日々。私はそれらの日々に終止符を打つつもりでいた。

「もう少し我慢してくれ⋯⋯姉上も来年には皇宮に嫁ぐだろうし、そうしたら僕は君を情婦として迎えるよ」
 震える手で私の頬に触れてくる彼を疎ましく思った。
 私はサッと彼から目を逸らすと、彼は戸惑った顔をしつつも部屋から去っていった。

 (私との未来を考えているっていうから何かと思えば、情婦って⋯⋯)

 『トゥルーエンディング』のサントスルートにおいて、ラリカはサントスと結婚して侯爵夫人になる。
 彼女だってナタリアと同じ平民だ。
(所詮、彼にとって私はその程度の存在なんだ⋯⋯自分の欲望を満たすだけの道具⋯⋯)
 情婦にすると言われて、私が喜ぶとでも勘違いしているサントスにも不快感が湧いた。

 別にサントスに惹かれていた訳でもないのに、酷く落ち込んだ。
(エステルへの復讐を果たしたら、さっさとこのような家出てってしまおう)

 いつものように食堂でエステルの食事をサーブする。

 自分の身の回りの世話をわざと私にだけ彼女がさせるのは、彼女が私を傷つけたいからだ。

 ビシソワーズを出すと「ぬるい」と呟いて私の手にかけてきた。
 冷静スープなのだから、これくらいの温度が当然だ。
 その時に私は熱いスープを彼女にかけられ、手を皮が剥ける程に火傷した記憶が蘇った。 
 彼女といると思い出したくない記憶ばかり思い出すが、キノコの成分を分析する人体実験に彼女を使う罪悪感を消すのに役立った。

 エステルまだ媚薬キノコの効き目が続いているのか、恍惚とした表情をしていて口の端から涎が垂れている。そして、彼女はそのような自分の状態にも気づかず、いつもと異なり下品な食べ方をしている。前菜やスープに混ぜたキノコはやはりマジックマッシュルームのように幻覚作用があったようだ。

 急にケラケラと楽しそうに笑っては、今度は持ってきたメイン料理の鴨肉で遊び出した。

 私は翌朝のエステルの朝食にも、幻覚キノコの粉末を盛った。
 彼女は非常に気分が良さそうだ。
 この後、エステルは夕刻の舞踏会まで一切食事を取らず、入浴しドレスアップをする。
 その全ての準備を彼女を憎む私にさせる彼女は愚かだ。

 入浴時はママルオワヒネに似た媚薬キノコの粉末を混ぜだ香油を彼女に塗り込んだ。
 彼女は体は非常に敏感になり、私が体に触れる度に反応していて笑いそうになった。

「これ、ダニエルからのプレゼントなのよ。最高級品なの⋯⋯ちなみにこのルビーのネックレスも特注品よ」
 猫撫で声で私にマウントをとってくるエステルは既に目の焦点があっていない。
「私からもプレゼントがあります。エステル様⋯⋯昨日お話しした媚薬です。ダニエル様と素敵な夜を⋯⋯」

 私が彼女の下着に媚薬キノコで作った香水を押し込んでやると、彼女は悦びの声をあげた。既に彼女の瞳孔は散大しているので、麻薬キノコの効果も効いていそうだ。

(マジックマッシュルーム、某有名俳優を脱がしただけの威力はありそうね⋯⋯この世界の類似キノコもなかなかだわ)

 彼女は中枢神経を既にやられていて、自分の悪臭に気がつかないらしい。体に塗り込んだ媚薬キノコで作った香油は悪臭だ。しかし、媚薬キノコは槇原美香子の世界のママルオワヒネに似ていて、この匂いにこそ効果があるから仕方がない。

 そして、もしママルオワヒネと同じ効果であれば、このキノコによって興奮するのは女性のみだ。幻覚キノコで狂乱状態のところに、異常な性的興奮を感じるエステルがどのように恥をかくのか考えるだけで私の気持ちは満たされた。


「エステル様、ダニエル皇子殿下がお迎えに上がられております」
 執事が知らせに来ると、彼女は勝ち誇ったように私を見た。


「ナタリア⋯⋯これがダニエルの本音なの。あなた揶揄われてるのよ。大罪人と娼婦の娘でも、また私に役に立つような事があれば側に置いてあげる!」
 彼女はそう言い残して颯爽と部屋を出ていった。

 新宿ナンバーワンのホストのようなダニエルの口説きなど私も本気にはしていない。
 私の頭の中はエステルへの憎しみと復讐心でっぱいだ。
 
 私はダニエルが彼女の悪臭に気がつき、皇宮に到着する前に馬車の外に出さないか心配になった。
 
「ナタリア⋯⋯準備して俺たちも行こうか⋯⋯」
 エステルが立ち去った先を見ていたら、サントスが現れ後ろから私を抱きしめていた。
 彼の体は少し震えていて動悸も早い、ホストのように私を利用しようとしている感じはしない。









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