恋は復讐の後で
第三章 蘇る記憶
 早朝、仏頂面の若いメイドに叩き起こされた。

「オスカー皇子殿下がお呼びです。至急、殿下の執務室に伺ってください」
「失礼な方ね。勝手に部屋に入ってきて⋯⋯お名前はなんとおっしゃるの?」

 私の問いかけを無視して、メイドは自分の仕事は済んだとばかりに去っていった。
 やはりナタリアの生まれのせいか、酷い扱いを受けている。

 (気持ちが沈む⋯⋯こんなところから早く出て行きたい⋯⋯でも、お金がないし、行くところもない)

 勝手にダニエル皇子とロピアン侯爵で私の身柄を皇宮に移す事を決めてしまった事にも納得がいかない。

 きっともうすぐ、ラリカが現れる。
 茶髪に薄茶色の瞳に肩まで届く髪、地味だけど何故か目を惹く彼女。

 皇宮でメイドとして働き始めるが、虐めにあってしまう。

 ダニエルは彼女を守る為に自分の専属メイドにし側に置くことにした。
 そして、建国祭の日、毒杯を飲み苦しみ出したレアード皇帝を助けたことでラリカの聖女の力が明らかになる。

 彼女は大罪人と娼婦の娘ではなく、一般的な平民の家庭に育った子だ。
 聖女の力を持つ彼女に目をつけたロピアン侯爵は彼女を養女とした。
 
 しかし、ダニエル皇子が彼女に特別な感情を持った事でラリカはエステルに嫌がらせを受ける。

 ダニエル皇子はラリカを守る為にエステルの悪事を白日の元に晒しを断罪した。

 その後、ラリカは皇帝になったダニエル皇子と結婚するというのが、メインのダニエルルートのエンディングだ。

 クローゼットに掛かっている服を物色していると、皇宮のメイドが着用しているメイド服があった。
(なんでこの部屋にメイドの服が⋯⋯)

 メイドとして雇ってもらえればお金を溜めて皇宮を出たほうが幸せになれそうだ。
 朝から初対面のメイドに見下され気分が悪い。

 自分が傷つかない場所で暮らしたい。
(誰も私を知らない場所に逃げたい⋯⋯)

 私はとりあえずメイド服を着て、雇って貰えないか交渉することにした。
 
 部屋を出ると自然とオスカー皇子の執務室まで足が向いた。
(何度か来たことがある気がする⋯⋯)

 ノックをして扉を開けると、オスカー皇子が立ち上がって迎えてくれた。

「オスカー皇子殿下に、ナタリアがお目にかかります」
「座ってくれ、ナタリア⋯⋯君は聖女だったんだな。私の事を助けてくれたって聞いてお礼がしたかったんだ。君の願いは何で叶えるよ。命の恩人だからね」
 
 どうやら、彼と私は面識があるようなのに、私は全く彼を思い出せなかった。

 そして、やはり彼はダニエルの双子の兄だ。2人は見た目だけでなく考え方まで似ている。ダニエルと同じように「私の願いを叶える」と言ってきた。

 思わず微笑むと、彼が少し驚いたような顔をした。

「オスカー皇子殿下、私の願いは1つです。皇子殿下を毒殺しようとした真犯人を公然の元に晒してください」

 私は自分の言葉に驚いた。

 記憶もほとんど戻らないのに、私はマテリオ皇子が毒殺未遂の犯人だと思っていない。殿下に皇宮でメイドとして雇ってもらえるように頼もうと思っていたのに、マテリオ皇子と似た彼の赤い瞳を見ていたら頭がマテリオ皇子の事でいっぱいになってしまった。

「やはり、君と兄上が恋仲だという噂は本当だったんだね」
(兄上⋯⋯)

 ダニエルと違ってオスカーはマテリオを「兄上」と呼んだ。
 ダニエルは卑しい血筋の混じったマテリオを兄と認めたくないのか、いつも呼び捨てにしている。

(それにしても、私がマテリオ皇子と恋仲とは一体⋯⋯)

 もし、私とマテリオ皇子との関係が本当ならばエステルは私に恋人を殺すように命令したという事だ。

「エステル嬢だよ。私に毒を盛ったのは⋯⋯意識がない間に事実が捻じ曲げられてしまったようだけれど⋯⋯約束した通り、君が公にしたいのならエステル嬢が犯人だと明かそう」

 真剣な表情で私を見据えてくるオスカー皇子の言葉に私は静かに頷いた。

「エステル嬢は昨晩の乱行騒ぎで多くのものを失ったけれど、まだ命がある。皇族の暗殺未遂が明らかになれば彼女は処刑されるだろうね」
「死んでほしいです。彼女には⋯⋯」
 思わず漏れた自分の本音に驚いた。

 私は自分を苦しめた彼女を殺したい程に憎んでいた。
 だからこそ安全性の確認できていないこの世界のキノコを使って、彼女で人体実験した。
 そこで彼女が命を落としても、私は涙1つ出ないだろう。

「このような残酷な感情を持つなんて聖女失格ですね」
「当然の感情だよ。君はそれだけエステル嬢に人としての尊厳を傷つけられてきたんだ。君は間違ってないし、間違いなく私の命を助けてくれた聖女だよ」
 オスカー皇子の言葉に涙が溢れそうになった。
 このように私は自分の醜い感情も曝け出しても、私のことを誰かに肯定して欲しかった。
 好かれるように振る舞っても、誰にも好かれず尊重されなかった槇原美香子。
 顔が良いせいか男からは優しくされるが、決して尊重はされていないナタリア。

 私は自分のことを肯定して尊重して欲しかったのだ。

 そのような感情が浮かんだ時に、私の手を握り真剣に私を見つめるマテリオ皇子の顔が浮かんだ。
(な、何? マテリオ皇子は私にとって一体なんなの?)

 ノックと共に侍従が現れ、オスカー皇子に何か耳打ちをした。
「通してくれ」と彼が応じている。

「今から、私の恋人がここに来るらしい。久しぶりの再会なんだ」
 オスカー皇子は嬉しそうに笑った。
 
 静かなノックと共に、濃紺の髪に灰色の瞳をしたお淑やかそうな女性が姿を現した。
 オスカー皇子を見るなり彼女は、目に涙を溜めて彼に抱きついた。

「オスカー⋯⋯良かった⋯⋯本当に」
「心配かけてすまなかった⋯⋯リオナ、苦しい思いをさせたね。こんなにやつれて、顔も真っ青だ。食事も睡眠もとれていないんじゃないのか!」
「苦しかったのは、あなたでしょ! 私、マテリオ・ガレリーナを絶対許さないんだから」

 私は2人の抱擁を微笑ましく見てたのに、マテリオ皇子に怒りを向けるリオナ様を怒鳴りつけていた。

「毒を盛ったのはエステル様よ! マテリオじゃない! 彼がそのような事するはずない!」
 私が不躾に大きな声を出したので2人とも驚いている。

 そして私は自分自身がマテリオを恋人のように呼び捨てにし、庇ったことに驚いていた。

(な、何? 本当にマテリオ皇子と私は恋人だったの?)

「リオナ、彼女が私の命を救ってくれたナタリアだ。彼女には聖女の力がある。そして、彼女のいう通り私に毒を盛ったのはエステル嬢だ」

 リオナ様はオスカーの言葉に、小刻みに震えながら軽く頭を下げた。
 まるで、何かに耐えているような表情をしている。

「ナタリア様、ありがとうございます。オスカーを助けてくれて⋯⋯マテリオ皇子殿下の名誉は私が回復して見せます。きっと、殿下は生きてますよ。このような美しい方に思われて死ねるはずもございません」

 リアナ様の記憶はないが、メイドも見下すような私にも丁寧に接してくれる方のようだ。
 そして、私がマテリオ皇子と恋人同士だと彼女も思っているみたいで不思議だった。
 
「出会わなければ良かった」マテリオ皇子は確かに私にそう言った。

 そして、確実に私は彼のことをナイフで刺した。
 もし彼が無事だとしても彼と会うのは怖いのに、彼の名前を聞くだけで胸が熱くなる。
 
「それにしても、ナタリア。なぜ、メイドの服を着ているんだ? ダニエルにその服を着るように言われたのかな?」
「いえ⋯⋯」
「そうか⋯⋯ダニエルは君に興味がありそうだったから、てっきり⋯⋯」

 オスカー皇子の言葉は、ダニエル皇子が興味がある女の子にメイド服を着せる性癖があるという風に聞こえた。
(そんな下品なことするわけないか⋯⋯)

 私は新宿の夜の街にどっぷり浸かってしまった事による卑猥な自分の発想に呆れてしまった。

 オスカー皇子はダニエル皇子を呼んでいたようだ。
 彼がエステルが毒殺の犯人であることを明かすと宣言すると、ダニエル皇子は苦虫を潰したような表情をした。

「ところで、ナタリア。君はなぜメイドの服を着てるんだ?」
「それは、ダニエル皇子殿下が与えてくれた部屋にあったので着させてもらいました」
 ダニエル皇子がオスカー皇子と全く同じ質問をしてくる。

「あぁ、そのままだったか⋯⋯」と消え入りそうな声でダニエル皇子が呟くの
が聞こえた。
(どういう意味だろう⋯⋯前にあの部屋を使っていた人の着ていた服?)

「このメイドの服サイズが丁度良いので、このまま皇宮で働かせて頂けませんでしょうか」
 私の言葉にオスカー皇子が吹き出した。

「ナタリア、君って面白いね。服のサイズが丁度良いから働きたいの? 聖女なのだから、皇宮で君の身元は安全に守られるから安心して良いんだよ」

 聖女を大切にするガレリーナ帝国では表向きは私は大切にされるだろう。

 しかし、今朝のように裏では私は見下され続ける。
 一生、ここで大罪人と娼婦の娘として生活するのは嫌だ。
(お金を稼いでガレリーナ帝国から離れて別人として暮らしたいと伝えても良いのかな⋯⋯)

「ナタリアは働いていた方が落ち着くんだろう。君を僕の専属メイドに任命するよ」
 ダニエル皇子の言葉に私は心臓が止まりそうになった。
「聖女」、「ダニエル皇子の専属メイド」というのは、いずれもラリカの役割だ。ラリカが登場したら自分の扱いがどうなるのか分からず、一瞬断ろうかと思った。

 しかし、掲示された給与が非常に良く、ラリカ登場前に稼いで皇宮を立ち去ることにした。



 
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