恋は復讐の後で
 彼のメイドとして生活する中で知ったが彼はキノコアレルギーだ。

 皇族の方の食事のメニューは同じものが用意されているのに、ダニエル皇子の食事だけキノコが除外されていた。

 ちなみに、皇族は無敵でなければならないので、彼がキノコアレルギーだという事はトップシークレットだ。
 しかし、彼は食事のサーブまで専業メイドである私に頼んでいたので気がついてしまった。

 彼はキノコなど育ててはいない。
 彼が「僕のキノコ」などと言ったのは、やはり私の気を引く営業トークだった。

 ダニエル皇子の顔は赤くなり、とても痒そうだ。
 瞼も赤く腫れ上がってきている。

 通常、アレルギー反応が出るのは10分から30分後だが、この世界のキノコは効能、香りも強い分、アレルギー反応も早いようだ。

「何をするんだ!」
 その時、思いっきり彼が手を振り上げ私を引っ叩いた。
 衝撃で私は彼に対する記憶を思い出した。

 私はダニエル・ガレリーナと結婚していた。
 槇原美香子として過ごすよりずっと前だ。
 それは『トゥルーエンディング』のダニエルルートのような人生だった。

 マテリオが私が別人で過ごせるように、他国の戸籍を買ってくれた。
 魔法の薬で髪色の目の色を変えて、私はラリカとして皇宮のメイドとして働いた。
 私はマテリオと身を潜めて暮らす人生を選ばなかった。
 
 私は10歳の時に自分の聖女の力に気がついていた。

 しかし、それはエステルに痛ぶられた傷を治すことのみに使い、周りには秘密にしていた。
 聖女の力があっても、私に背負わされた十字架は消えない事を知っていた。

 私の父親の犯した罪は、国庫の横領だった。
 美しいが金遣いの荒い母に夢中だった父は行政部にいるのを良い事に莫大な金を盗むような真似をしていた。
 父は爵位を剥奪され、国外追放になった。
 全てを失った父から母は離れて、私は捨てられた。
 
 カイラード・ロピアン侯爵が遠戚のよしみで私を拾った。
 しかし、そこでの扱いは使用人より劣るものだった。
 貞操を重んじる高位貴族のエステルは私を穢らわしい娼婦の娘だと虐め抜いた。
 彼女は妃教育で溜めたストレスを、私で発散していた。
 自分の専属メイドにして、事あることに文句をつけて私を痛ぶった。

 別人の人生を手に入れた時、どうしても私を虐め抜いたエステルに復讐したかった。
 ダニエルが私に興味を持ったのを良いことに、私は彼を落とすことに注力した。
 ダニエルが人生の全てだというくらい彼に夢中なエステルから奪う為だ。
 思惑通り彼は私を選び、エステルを断罪した。
 
 私の地獄はダニエルが皇帝になり、結婚してから始まった。
 彼が私と寝所を共にしたのは初夜だけだった。
 
 私は皇帝に興味を失われた女として、また見下され始めた。
 私はなんとかダニエルの愛をもう1度取り戻さないといけないと思い、彼の寝室に恥を忍んで自分から出向いた。

 その時、見た光景は私の心を殺した。
 彼は新しく雇った専属メイドを抱いていた。

「皇后陛下、申し訳ございません」
 私に気がついた若いメイドは、乱れた衣服のまま部屋の外に逃げてしまった。

「ダニエル! どういう事か説明して!」
 私が詰め寄ると、彼は私を平手打ちした。

「ラリカ⋯⋯いや、ナタリアだよな。そもそも僕みたいな高貴な人間が君のような娼婦の娘を愛する訳ないだろ。マテリオへの当てつけだよ。君も彼ではなく僕のところに来たのはエステルへの当てつけだろ」

 私を馬鹿にしたように笑うダニエルは、今まで私の前で演技をしていたのだろう。
 髪色と瞳の色も変えて、名前も変えたのに私の正体は露見していた。
 そして、散々私に甘い言葉を囁いてきたダニエルは元々私を愛してなどいなかったようだ。
(それは、私も同じかもね⋯⋯)
 
 エステルへの復讐を果たした後、ダニエルと結婚したけれどマテリオの事を考えない瞬間はなかった。

「だったら何? それでも最低限のルールは守るべきだわ。彼女はメイドよ。娼婦じゃないの。あなたに迫られたら拒むことを許されない身なのよ」
「自分もメイドだから僕を拒めなかったって? 言い訳するなよ。君は自分から僕を誘惑してきたじゃないか」

 彼のいう通り、私の言葉は自分がマテリオを捨てたことの言い訳だ。

「私と離縁してください⋯⋯」
「もしかして、僕と別れてマテリオのところに行くつもり? それなら、天国に行かなきゃな。あいつはもう死んだよ。元々目障りだったんだ⋯⋯」
 その瞬間、頭の中が真っ赤になった。
 オスカー皇子の毒殺の嫌疑がかかったマテリオも、皇宮を出て他人になって幸せに過ごしているんだと思っていた。
(いや⋯⋯そう、思いたかっただけね⋯⋯自分の罪悪感を消すために)

「そう⋯⋯じゃあ、今から彼に会いに行くわ。それから、あなたも地獄に堕ちるのよダニエル・ガレリーナ!」
 私はそう宣言すると、ダニエルが暗殺者対策に隠し持っている短剣をベッド裏から出した。

「ふっ、短剣の隠し所に気がついているとは、流石泥棒の娘だ」
 ダニエルは私が彼を刺し殺そうとしていると勘違いしている。ケラケラ笑いながら、余裕の表情で私を見下ろしている。日々鍛錬を欠かさない彼に勝てるだなんて私は思っていない。

「やめてください! 陛下がオスカー皇子を毒殺した真犯人であることは黙っていますから。殺さないでー!」
 私はそう叫ぶと自分の胸を思いっきり突いた。

 オスカー皇子の毒殺は明確な証拠もないのに、マテリオの罪にされていた。
 彼が食べた毒の入った菓子をメイドがマテリオから受け取ったものだと証言したのだ。
(メイドに手を出しているようなダニエルは証言もねじ曲げられるでしょうね⋯⋯)

 そして、私が誰よりマテリオが犯人ではないと知っている。

 彼はオスカー皇子を弟として可愛がっていて、オスカー皇子も彼を兄として慕っていた。

 オスカー皇子の執務室で2人はよくチェスをしていたのを私は知っている。
 私はマテリオが私を紹介すると言って、オスカー皇子の執務室に行ったときのことを思い出した。
 「2人は恋人同士なのか?」とオスカー皇子に聞かれて、私は咄嗟に自分のような人間がマテリオの恋人な訳がないと否定した。

 その時、私を悲しそうな顔でマテリオは見つめていた。
 私が「泥棒の子」「娼婦の子」と陰口を叩かれ、小さく縮こまっているのを彼は気がついていた。
 
 オスカー皇子の部屋から出たあと、彼は皇宮の中庭で自分と一緒に別人に生まれ変わって他国で暮らそうと提案してくれた。

 マテリオは自分のことよりも、いつも私のことを考えてくれる人だった。

 最初はエステルからマテリオを誘惑するように言われて近づいただけだった。
 それなのに、虚勢を張りながら横暴に振る舞う彼が本当はとても優しい人だと知り私はどんどん惹かれていった。
 
 私は死んだから、その後ダニエルがどうなったかは知らない。

 ただ、息が絶える瞬間まで私にあったのはマテリオと共にいる人生を選ばなかった後悔だった。

 

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