恋は復讐の後で

side-マテリオ

 レアード皇帝が気まぐれに手を出したメイドとの間に生まれた俺の人生は最初から針の寧ろだった。

 俺は平民出身のメイドの子だった。

 美しい銀髪にエメラルドの瞳を持った母は人目をひく美貌のせいで、レアード皇帝の目に止まってしまった。
 極秘に出産した俺の目は赤く、皇族の特徴を継いでしまっていた。

 皇后よりも早く皇帝の子を出産したとして、俺の母は陰口に晒された。
 うっすらと残る記憶は嫌がらせをされ、いつも泣いている母だった。

 皇子の母親ということで堂々と出来るほど俺の母は強くなった。
 俺が6歳の時に精神的に追い詰められた母は自ら命を絶った。
 とても心の弱い人で、元々魑魅魍魎が行き交う皇宮で生活出来るような方ではなかった。

 ナタリアと会ったのは雪の日の事だった。
いつものようにダニエルを尋ねて来たエステル嬢に傘をさしている彼女を見た。
 ロピアン侯爵がルミエーラ子爵の娘を引き取って、その娘が妙に色気のある黒髪の美しい娘だとは聞いていた。
 一目で心を奪われそうな美貌と憂いを帯びた紫色の瞳に俺はすぐに彼女がナタリアだとわかった。

「あんた、馬車までダニエルが私を送ってくれないと笑ってるんでしょ」
 突然、エステル嬢は彼女の手から傘を取り上げ思いっきり傘で彼女を叩いた。

「エステル様、私がご不快にさせたのなら謝ります」
「あんたの謝罪に価値なんかないのよ!」
 ひたすらに彼女を傘で叩き続けるエステル嬢を止めようと近づくと、近衛騎士団長のユンケルがエステル嬢の手首を掴んだ。

「それ以上は⋯⋯人目がありますエステル様」
 エステル嬢は手を止めると、無言で彼女を置いて馬車に乗って去ってしまった。

「大丈夫ですか? ナタリア」
「私は平気です。いつも助けてくれてありがとうございます。お優しいのですねユンケル様」
「ロピアン侯爵邸まで送ります」
「結構です。私はお散歩してから帰るのでお仕事に戻ってください」

 そういうとナタリアは何故か小走りで皇宮の中に入って行った。

 思わず俺は彼女を追いかけていた。
 数歩入ったところで、急に彼女が振り向いた。
「マテリオ・ガレリーナ皇子殿下にナタリアがお目にかかります。何か御用ですか?」

 よく見ると彼女は寒いのに半袖のメイド服を着ていて、腕には先程傘で叩かれた痛々しいアザができている。

「ケガの手当てをした方が良いんじゃないのか?」
「結構です。大した怪我ではないので」
 彼女はそういうと、うっすらと微笑んだ。

「違ったら謝らせて欲しいのだが、もしかしてエステル嬢の行いを晒す為そのままにしてたりするのか?」

 俺の予想は正解だったようで、彼女は大きな瞳を見開いて驚いていた。

(強いな⋯⋯)
 俺が最初に彼女に惹かれたのは、儚そうな見た目に隠された強さだった。

「それにしても、ユンケルに送って貰ったほうが良かったんじゃないのか? 良ければ皇室の馬車を貸すぞ」

「下心丸出しの男の世話になるのは嫌です。どうせ娼婦の娘だから、親切にすれば良い思いができるとでも思われているのでしょう」
 彼女の寂しそうな囁きを否定してやりたかった。

 しかし、俺自身も彼女に話し掛けた時に一切の下心がなかったとは言い切れない。

「母は娼婦ですけど、私は違いますからね。それにお迎えは放っておいても来ます」
 全てを見透かすような澄んだ紫色の瞳に惹かれた。
 そして、彼女は俺には自分の素を見せてくれているのではないかと期待した。

 しばらく、彼女と話しているとロピアン侯爵邸の馬車が来てサントス・ロピアンが飛び降りて来た。

「じゃあ、行きますね。下心も利用できたりするのですよ」
 ナタリアはそう言い残すと、サントスと馬車に乗って去って行った。

(強かだな⋯⋯)

 強かな女は苦手だったのに、彼女の強かさは愛おしく感じた。
 
 彼女とは運命のように何度も出会した。
 気がつけば予定を合わせて2人で、落ち合うようになった。
 俺は皇宮では虚勢を張って暮らしている様なところがあったが、彼女の前では自然体でいられた。

 俺は生まれのせいもあり婚約の話が出なかったが、20歳になった時に父上が他国の王女との婚約を提案して来た。

 国家間の友好関係を結ぶ為の政略的な婚約で、皇子としての義務だとは分かっていた。
 しかし、ナタリアの存在は俺にとって大き過ぎて、他の女と婚約するなど考えられなかった。
 気がつけば他国の戸籍を購入し、皇子の身分を捨てナタリアと2人で生きる未来を考えていた。
 彼女に提案すると、俺と一緒なら自分が誰でも構わないと言ってくれた。
「本当は逃げたくて堪らなかった」と肩を震わせて泣く彼女を一生守りたいと思った。

 弱さを隠し強がっていた彼女がいじらしく愛おしかった。
 彼女と駆け落ちを決めてすぐに、オスカーに毒が盛られた。

 そして、その容疑者として俺の名前が上がった。
 さらに追い込むように、夜中、寝室に暗殺者が入った。
 皇宮の警備を掻い潜った事を考えると、明らかに身内に手引きをした人間がいる。
 ベッドの下の隠し通路から出て、皇宮の外の森に出るとナイフを握りしめたナタリアがいた。

 俺は黒幕はダニエルだと疑い始めた。

 そして、最近のナタリアはエステル嬢からの連日の理不尽な嫌がらせにより、彼女に心を支配されつつあった。暴力から逃げる為に只管に彼女に従わなければと思い込んでいた。

 きっと、俺を刺すようにエステル嬢から言われたのだろう。
 俺を刺すことで、彼女の心が安定するならそれで良い。
 ナタリアと出会わなければ自分の事を1番に考えるまともな自分でいられた。
 でも、彼女と出会わなければ、きっと心から相手の幸せを願える愛を知らずに死んだだろう。
 俺は刺されても彼女の力では致命傷にはならないと自分に言い聞かせた。

 俺を刺したら、きっとナタリアは正気になる。そうしたら、2人でガレリーナ帝国を出れば良いと思っていた。

 まさか、ナタリアに刺客が送り込まれてるとは思わなかった。

 刺客は彼女に短剣を刺すと風のように素早く立ち去った。

 意識を失ったナタリアの血は止まらず、黒幕であろうダニエルが登場し俺はその場を去った。
(ダニエルの狙いはおそらく俺だ⋯⋯)

 ナタリアが無事だったと知り、彼女に手紙を送ったが現れたのは暗殺者だった。

 暗殺者と格闘した後、俺の心は怒りの炎で焼き尽くされそうになった。
(ナタリアが俺を裏切った? ダニエルと手を組んだ?)

 彼女と過ごした日々が偽物のように思えて、俺は怒りのままに皇宮のダニエルの部屋に赴いた。
 寝室で手を握りしめあう2人を見た時は、腹ワタが煮えくりかえりそうになった。

 しかし、ナタリアの命を盾にされると、彼女への怒りは無くなった。
 彼女になら裏切られても良いなどと思ってしまう程、俺は彼女に狂っていたようだ、

 彼女が毒の粉のようなものをダニエルにかけた隙に、俺は彼女の腕を引き皇宮を飛び出した。

 彼女を門の前に待たせていた馬に乗せて、潜伏していた小屋を目指した。
 
「ナタリア、頬が痛そうだ⋯⋯」
「マテリオ、私、ずっと会いたかった⋯⋯ごめんなさい、私が全部悪いの」
「悪いのは俺の方だ⋯⋯もっと、早くダニエルの企みに気づいていたら⋯⋯」
 前に座っている上に俯いていて表情は見えないが、彼女は肩を震わせて泣いていた。
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