恋は復讐の後で
「ヨーカー公爵領に向かう途中の馬車がセイスン橋が崩落した事で落下しまして⋯⋯」
ユンケルの声も震えている。
「ヨーカー領って⋯⋯リオナ様は?」
「意識不明の重体です」
私は公爵令嬢にも関わらず、身分や私のバックグランドを蔑む事なく優しくしてくれた彼女を思い出して涙が溢れた。
彼女は心からオスカー皇子を愛していた。
目覚めた時、彼が死んだと知ったら苦しむだろう。
「セイスン橋は補強工事をしたばかりだ。崩落? そのような事があるはずがない」
私はセイスン橋が皇家直轄領にあたり、マテリオが管理を任されていた事を思い出した。
「まさか、またマテリオに責任を?」
私の言葉を肯定するようにユンケルが押し黙る。
「ダニエルか⋯⋯」
マテリオの呟きにもユンケルは気まずそうに俯くだけだった。
「ユンケル様! あなたって何を考えているのですか? ダニエル皇子殿下の手下で、またマテリオを陥れる為にここに来たのでしょう?」
彼は近衛騎士団長に関わらず私の荷物を取りに行ったり、ダニエルの指示で動く使い魔のようにしか私は見えない。
「違います! 俺はダニエル皇子が恐ろしくて⋯⋯脅されています」
「脅されている? 何か罪を犯したのか?」
「⋯⋯皇族を殺しました⋯⋯」
マテリオの問いかけに意を結したように、ユンケルは震える声で自分の罪を白状した。
「⋯⋯ダニエル皇子殿下は、元々お気に入りの女性を自分の専属メイドにして手を出していました。ちょうどナタリア様の前にメイドだったクレアという女が妊娠したのです」
ポツリポツリと語り出したユンケルの言葉に私は怒りで震え出した。
もしかしたら、私に用意された部屋はクレアが使っていたものかもしれない。
まるで私の為に用意したかのようにサイズの合う洋服が揃えられていたが、なぜだか他の服に隠れるように皇宮のメイド服が掛けてあった。
(気持ち悪い⋯⋯メイドが好きって性癖?)
「父上と同じだな。ガレリーナ帝国の女は全て自分のものだと勘違いしている⋯⋯」
隣にいたマテリオが辛そうな顔で呟いた。
(そうだ⋯⋯マテリオもレアード皇帝陛下が手を出したメイドの息子)
「クレアはダニエル皇子殿下に皇族を産むのだから自分を側室にするよう迫りました。俺は殿下の命により、クレアを殺しました⋯⋯腹の中にいた子と一緒に⋯⋯」
生まれて来られなかったその子を思うと胸が苦しくなった。
(だって、その子はマテリオだ。外の世界を見ることなく身勝手に殺されたなんて⋯⋯)
「それで、今度は皇族の子殺しとしてダニエルに脅されているという訳か⋯⋯俺のところに来たのはなぜだ?」
「ダニエル皇子はこの場所に気がついています。ナタリア様を連れ戻して、ロピアン侯爵家の養女にして婚約すると言ってました」
「なる程、ユンケルは俺を殺してナタリアを連れ戻すように言われてここに来た訳だ。それで今、俺に真実を話して寝返ろうとしているのだな」
マテリオの言葉にユンケルは深く頷いているが、彼を信じる事が私にはできない。
「そう言って⋯⋯油断させて、マテリオを殺す気ですよね」
「違います信じてください。俺は誰よりナタリア様の幸せを願っています。あなたがマテリオ皇子とレオノラの森で過ごすのを見ていました。その姿を見てナタリア様の幸せは殿下の隣にあるのだと感じたのです」
私の目をじっと見つめる琥珀色の瞳に嘘偽りはなさそうに見える。
しかし、私は自分の男を見る目と嘘を見破る力に全く自信がない。
ユンケルはベテランホストのようだと思っていたけれど、実はナンバーワンのダニエルの有能なヘルプだった可能性もある。
「ユンケル、そなたを信じてみようと思う。ただ、ナタリアは皇宮には連れて行かない。ナタリア、ダニエルを断罪したら、ここに戻るから待っていてくれ」
マテリオの言葉に私は頷けなかった。
2人だけでキノコに囲まれて暮らしていけたらどんなに幸せかは理解している。
でも、それは逃げだ。
私も彼も自分の生まれから逃げている。
槇原美香子としての人生の時も、私は研究室からホストクラブに逃げてしまった。
結局、自分が傷つかない楽な方に逃げていたけれど、もう逃げたくない。
「マテリオ、皇宮に一緒に戻ろう。それで、味方を増やしてダニエル皇子を断罪して皇帝になるの。オスカー皇子と語り合った豊かなガレリーナ帝国をあなたが実現して」
私は彼の手を握りながら語った。
マテリオはオスカー皇子とよくガレリーナ帝国の未来について語り合っていると言っていた。
どのような生まれの人も能力次第で登用され、帝国の埋もれた人材を活用できるようにしたいとオスカー皇子は話していたという。
「俺が皇帝?」
「考えた事ない訳ではないでしょ。幼い頃からあなたも次期皇帝になる為の教育を受けてきているのだから」
「そうだな⋯⋯君と会うまでは考えた事もあった。でも、君と出会ってからは俺は君との未来しか考えていない。君を皇宮に連れて行ったら、ダニエルに君を取られそうで怖いんだ⋯⋯」
いつも虚勢を張って私の前では頼もしい男であるマテリオが不安を打ち明けてきた。
前の人生で彼を捨てダニエルを選んだ私の罪が、私の胸を締め付ける。
「そんな事起こらない⋯⋯お願い私を信じて。マテリオ、あなただけを愛して守り抜くことをここに誓うから」
自分でも驚く程に弱々しい声が漏れた。
「まるで、プロポーズだな⋯⋯先に言われてしまうとは」
マテリオは笑いながらそう呟くと、私を連れて皇宮に戻ることを了承してくれた。
ユンケルの声も震えている。
「ヨーカー領って⋯⋯リオナ様は?」
「意識不明の重体です」
私は公爵令嬢にも関わらず、身分や私のバックグランドを蔑む事なく優しくしてくれた彼女を思い出して涙が溢れた。
彼女は心からオスカー皇子を愛していた。
目覚めた時、彼が死んだと知ったら苦しむだろう。
「セイスン橋は補強工事をしたばかりだ。崩落? そのような事があるはずがない」
私はセイスン橋が皇家直轄領にあたり、マテリオが管理を任されていた事を思い出した。
「まさか、またマテリオに責任を?」
私の言葉を肯定するようにユンケルが押し黙る。
「ダニエルか⋯⋯」
マテリオの呟きにもユンケルは気まずそうに俯くだけだった。
「ユンケル様! あなたって何を考えているのですか? ダニエル皇子殿下の手下で、またマテリオを陥れる為にここに来たのでしょう?」
彼は近衛騎士団長に関わらず私の荷物を取りに行ったり、ダニエルの指示で動く使い魔のようにしか私は見えない。
「違います! 俺はダニエル皇子が恐ろしくて⋯⋯脅されています」
「脅されている? 何か罪を犯したのか?」
「⋯⋯皇族を殺しました⋯⋯」
マテリオの問いかけに意を結したように、ユンケルは震える声で自分の罪を白状した。
「⋯⋯ダニエル皇子殿下は、元々お気に入りの女性を自分の専属メイドにして手を出していました。ちょうどナタリア様の前にメイドだったクレアという女が妊娠したのです」
ポツリポツリと語り出したユンケルの言葉に私は怒りで震え出した。
もしかしたら、私に用意された部屋はクレアが使っていたものかもしれない。
まるで私の為に用意したかのようにサイズの合う洋服が揃えられていたが、なぜだか他の服に隠れるように皇宮のメイド服が掛けてあった。
(気持ち悪い⋯⋯メイドが好きって性癖?)
「父上と同じだな。ガレリーナ帝国の女は全て自分のものだと勘違いしている⋯⋯」
隣にいたマテリオが辛そうな顔で呟いた。
(そうだ⋯⋯マテリオもレアード皇帝陛下が手を出したメイドの息子)
「クレアはダニエル皇子殿下に皇族を産むのだから自分を側室にするよう迫りました。俺は殿下の命により、クレアを殺しました⋯⋯腹の中にいた子と一緒に⋯⋯」
生まれて来られなかったその子を思うと胸が苦しくなった。
(だって、その子はマテリオだ。外の世界を見ることなく身勝手に殺されたなんて⋯⋯)
「それで、今度は皇族の子殺しとしてダニエルに脅されているという訳か⋯⋯俺のところに来たのはなぜだ?」
「ダニエル皇子はこの場所に気がついています。ナタリア様を連れ戻して、ロピアン侯爵家の養女にして婚約すると言ってました」
「なる程、ユンケルは俺を殺してナタリアを連れ戻すように言われてここに来た訳だ。それで今、俺に真実を話して寝返ろうとしているのだな」
マテリオの言葉にユンケルは深く頷いているが、彼を信じる事が私にはできない。
「そう言って⋯⋯油断させて、マテリオを殺す気ですよね」
「違います信じてください。俺は誰よりナタリア様の幸せを願っています。あなたがマテリオ皇子とレオノラの森で過ごすのを見ていました。その姿を見てナタリア様の幸せは殿下の隣にあるのだと感じたのです」
私の目をじっと見つめる琥珀色の瞳に嘘偽りはなさそうに見える。
しかし、私は自分の男を見る目と嘘を見破る力に全く自信がない。
ユンケルはベテランホストのようだと思っていたけれど、実はナンバーワンのダニエルの有能なヘルプだった可能性もある。
「ユンケル、そなたを信じてみようと思う。ただ、ナタリアは皇宮には連れて行かない。ナタリア、ダニエルを断罪したら、ここに戻るから待っていてくれ」
マテリオの言葉に私は頷けなかった。
2人だけでキノコに囲まれて暮らしていけたらどんなに幸せかは理解している。
でも、それは逃げだ。
私も彼も自分の生まれから逃げている。
槇原美香子としての人生の時も、私は研究室からホストクラブに逃げてしまった。
結局、自分が傷つかない楽な方に逃げていたけれど、もう逃げたくない。
「マテリオ、皇宮に一緒に戻ろう。それで、味方を増やしてダニエル皇子を断罪して皇帝になるの。オスカー皇子と語り合った豊かなガレリーナ帝国をあなたが実現して」
私は彼の手を握りながら語った。
マテリオはオスカー皇子とよくガレリーナ帝国の未来について語り合っていると言っていた。
どのような生まれの人も能力次第で登用され、帝国の埋もれた人材を活用できるようにしたいとオスカー皇子は話していたという。
「俺が皇帝?」
「考えた事ない訳ではないでしょ。幼い頃からあなたも次期皇帝になる為の教育を受けてきているのだから」
「そうだな⋯⋯君と会うまでは考えた事もあった。でも、君と出会ってからは俺は君との未来しか考えていない。君を皇宮に連れて行ったら、ダニエルに君を取られそうで怖いんだ⋯⋯」
いつも虚勢を張って私の前では頼もしい男であるマテリオが不安を打ち明けてきた。
前の人生で彼を捨てダニエルを選んだ私の罪が、私の胸を締め付ける。
「そんな事起こらない⋯⋯お願い私を信じて。マテリオ、あなただけを愛して守り抜くことをここに誓うから」
自分でも驚く程に弱々しい声が漏れた。
「まるで、プロポーズだな⋯⋯先に言われてしまうとは」
マテリオは笑いながらそう呟くと、私を連れて皇宮に戻ることを了承してくれた。