恋は復讐の後で
 皇宮に到着するなり、マテリオはレアード皇帝に呼ばれた。

 そして、私は案の定ダニエルと対峙することになった。

 ダニエルの執務室に入ると、そこにはカイラード・ロピアン侯爵もいた。
 私を見るなりダニエルは柔らかく微笑み近づいてきた。

 私は彼がどのような気持ちでそんな表情をしているのか理解できず、思わず後退りたくなるのを必死に堪えた。

「ナタリア、あの時は驚いてしまって君を叩いてしまって悪かった。君を傷つけたこの腕を今すぐ切り落としてしまいたいよ」

 「じゃあ、今ここで切り落とせよ」と言いたくなったが我慢した。彼が私の頬を愛おしそうに撫でてきて鳥肌が立ってしまう。
 身分制度とは本当にクソだ。
 このように嫌悪感を感じる男に触れられても、引っ叩くこともできない。

 ダニエルを前にして、ときめいた事もあった自分を恥じた。
 今、私が考えるのは彼の紅茶にキノコの粉をごっそり混ぜて抽出し、アナキラフィシーショックを起こすことだ。

(流石に足がつきそうね⋯⋯)

「会話をしたくないくらい怒っているの? でも、今日は君に良い知らせがあるんだよ。ロピアン侯爵が君を養女にしたいらしい」
「良い知らせ?」
 私は思わず小馬鹿にしたような笑いが漏れてしまった。

「なんだ、その態度は! お前のような卑しい生まれの娘を名門侯爵家が受け入れてやろうと言うのだぞ」
 ロピアン侯爵に怒鳴りつけられた途端、私の中で彼にされた嫌がらせの数々が蘇った。
 
「娘に私を妃教育のストレスの発散に使えと言いましたよね。私のような卑しい人間は道具のように扱っても良いと⋯⋯私も侯爵の娘になったら、ストレス発散の的を用意して頂けるのでしょうか。それでも、発散できなかったら乱行するしかなくなりそうですね」

 私の言葉にロピアン侯爵は手を振り上げた。
 ここで殴られて仕舞えば、養女の話はなくなりそうだと思ったが邪魔が入った。

「ロピアン侯爵⋯⋯僕の前で乱暴なことはやめてくれ」
「しかし、このような大罪人の娘に言われたままでは!」

「横領よりも、皇族の殺人未遂の方が大罪だと思いますが⋯⋯私が大罪人の娘なら、侯爵は殺人鬼の親ですね」
 もう1度手を振り上げたロピアン侯爵は、グッと耐えて手をおろした。

 訳のわからぬまま大罪人の娘にされた私とは違い、曲がった教育をしてエステルの人格を作ったロピアン侯爵には罪があるはずだ。
 都合が悪くなったらエステルを勘当して、本当にずるい方だ。

「上手くいかない親子などどこにでもいる。実は僕も皇帝陛下とは折り合いがつかないんだ。籍だけロピアン侯爵家に入れて身分を保証して貰って、ナタリアは皇宮で暮らせば良いじゃないか」

 自分は人格者だとばかりの意見を出すダニエルに寒気がした。
 しかし、同じメイドが好きという性癖を持ちながら、レアード皇帝とダニエルが仲が悪いとは初耳だ。
 確かに、2人が仲良く会話をしているのを見たことがない。
(そこをうまく利用して、ダニエルを引き摺り下ろせないかしら)

 その時、突然、執務室の扉が開いた。

 頭に包帯を巻き、杖をついたリオナ様がダニエルを見るなり突進してきた。
 しかし、私と目があった途端、ふらっとよろめいた。
 私は慌てて彼女を支えた。

「ありがとうございます、ナタリア。ダニエル皇子殿下に回復のご挨拶に伺ったのですが、体調が悪く無理そうです。どこかで休憩したいのですが宜しいでしょうか」
「もちろんです。私が付き添います」
 私の言葉にやわらかに微笑んだリオナ様を支えつつ、部屋から出ようとする。

「ナタリア、養子の件は君にとって良い事だと思うんだ。それから、後で時間を欲しい。僕は君に伝えたい大切な事があるんだ」
 背後から声を掛けてきたダニエルの言葉に、ゆっくりと頷いた。

 伝えたい事とは私と婚約したいと言う事だろう。
 また、彼は心にもない愛を語り私を籠絡しようとしている。

 聖女を婚約者にしたという事で、平民人気は獲得できる。
 オスカー皇子がいなくなった今、皇位継承権を持つのはマテリオとダニエルの2人だ。
 平民人気だけに特化してみれば、戦地で活躍してガレリーナ帝国の勝利を収めてきたマテリオの方が高い。
 そこをひっくり返したい思惑が見え見えだ。

 私はリオナ様と2人きりになりたくて自分の部屋に彼女を連れて行った。
 誰も入ってこないようにほうきで扉を開けられないようにすると、リオナ様が吹き出した。

「私が体調が悪いと言うのが演技だと見抜かれていたのですね。私もあなたと話したかったのです。ナタリア」
 杖を下ろしベッドに腰掛ける彼女の隣に座った。

 何だか前回会ったお淑やかな彼女とは別の雰囲気を纏っている。
(なんだろう、隣に座っているだけなのに緊張する⋯⋯)

「ナタリア、私は禁忌を犯して魔術で時間を戻しました。全ては死んだオスカーを取り戻す為です。でも、時が戻った時、彼は既に毒で床に臥していた。私は聖女の力を持つラリカ様を必死に探しました。彼女を見つけられず絶望していたところオスカーの命をあなたに救って貰いました。それなのに、私は⋯⋯また、オスカーを失ってしまうなんて⋯⋯」

 突然、リオナ様から語られた内容が一瞬理解できなかった。
 しかし、彼女は確かに「ラリカ」と言った。
 
 それにしても人は見かけによらない。

 禁忌を犯して魔術で時間を戻すなんて、目の前の大人しそうな令嬢がする事ではない。
 彼女の噛み締めた唇から血が出て、握りしめた拳からも血が流れている。
 彼女がどれ程、オスカー様を取り戻したかったか、そして失って後悔しているかが伝わってくる。
 
「もう1度、時を戻す事はできないのですか?」
「禁忌の魔術⋯⋯当然、1度しか許されない。そして術者である私は死ぬと地獄の業火で焼かれます。きっとオスカーとは会えませんね。彼みたいな優しい方は天国に行くでしょうし⋯⋯」
 一筋の涙が彼女の頬を伝った。

「その禁忌の魔術とやらを使ったことをオスカー様は⋯⋯」
「伝えておりません。そのような事実を知ったら、彼の負担になる事が分かりきっていますから。それに、私は彼にとって守られる令嬢でいたかったのです」
 私は公の場でのリオナ様を思い出した。
 いつもオスカー様の隣にいて、控えめに微笑んでいる奥ゆかしい方だった。

 でも、きっとオスカー様も彼女の秘めた強さに気がついていだろう。
 誰もが認める皇子であった彼が溺愛したのがリオナ様だ。
 
「さ、最期の瞬間も守ってくださったのです。橋が落ちた瞬間、私を抱えて守るように⋯⋯」
 私は言葉が続かないリオナ様を気がついたら抱きしめていた。

「ラリカ様を探さないと⋯⋯ダニエル皇子殿下は彼女に夢中になります。彼女に協力して貰ってダニエル皇子殿下を引き摺り下ろさないと⋯⋯」
「あの⋯⋯ラリカは私です。リオナ様」

 リオナ様は私の言葉に心底驚いたように目を見開いた。
 まじまじと私の顔を見つめている。
 
 それにしても、ダニエルは私に夢中であるように彼女からは見えていたようだ。
 私も結婚するまで⋯⋯いや、メイド服を着ている時までは彼が私に夢中になっているのを感じていた。
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