恋は復讐の後で
「まだ、遠くには行っていない! マテリオ・ガレリーナを追え!」
うっすらと聞こえる低い男の声と共に重い瞼を持ち上げる。
そこにはいかにも主人公といったオーラを放つ、赤い髪のダニエル皇子がいた。
周囲にいるのはダニエル皇子についている皇室の騎士たちだろう。
「ナタリア、目が覚めたのか。聖水で傷は閉じたが目が覚めないから心配したよ」
ふと目が合ったダニエル皇子が私に近づいてくる。
私はどうやら木陰に寝転がされていたようだ。
重い体で起きあがろうとすると、直ぐにダニエル皇子が私を支えてきた。
ゲームでは彼の婚約者のエステル・ロピアンからマテリオ皇子殺しを依頼されるシーンと、マテリオ暗殺シーンしかない暗殺者。
名前もない脇役だと思っていたが、名前はあったようだ。
「ダニエル皇子殿下? ナタリア⋯⋯私の名前?」
「そうだよ。エステルは本当に酷い女だな。暗殺者を雇ったと聞いていたのに、それが君だったなんて⋯⋯」
ダニエルが私の髪を愛おしそうに撫でながら、髪についた葉っぱを丁寧にとってくれる。
とても暗殺者に対する仕草とは思えない。
それにエステルはダニエル皇子からの依頼だと言って、マテリオ皇子を暗殺するようナタリアに伝えていたはずだ。
マテリオ皇子の暗殺は、このゲームの冒頭シーンに当たる。
ゲームのプロローグで、ナタリアが暗殺依頼を受ける場面があった。
マテリオ皇子が暗殺され、ダニエルは次期皇帝の座を確固たるものにしていく。
(私は暗殺に失敗したけれど、これは隠しルート?)
隠しルートでは、暗殺されたはずのマテリオ皇子はひっそりと生きている。
そして、ヒロインのラリカと偶然出会い彼女とささやかな幸せを築くというルートだ。
「私、マテリオ皇子殿下の暗殺に失敗したのですね⋯⋯申し訳ございません。暗殺者失格です⋯⋯」
「ふっ、何を言ってるの? 貴族令嬢だった君に武力に長けた兄上が殺せるはずがない。最も兄上なら君に攻撃できないと思って、最高の嫌がらせとして君にナイフを握らせたんだろうけど⋯⋯本当に、反吐がでるほど、嫌な女だ⋯⋯エステル⋯⋯」
どうやら、ナタリアは貴族令嬢だったらしい。
過去形で話すということは、家が没落でもしたのだろう。
私はマテリオ皇子を刺した確信は合ったが、彼に刺されたという確信がなかった。
私の刺したナイフをマテリオ皇子が抜いたところで、視界がぼやけ意識が途絶えている。
「記憶が⋯⋯曖昧で⋯⋯なぜ、マテリオ皇子なら私を攻撃しないと殿下が思われているのか分かりません」
本当に今起こっている状況が把握できない。
ふと、脇腹に手を当てるとべっとりと手のひらに赤い血がつくのが分かった。
「まだ、傷が閉じてないではないか! おい、もっと聖水を持って来い!」
焦ったような顔をしたダニエル皇子は心配そうに私を見つめている。
その時、彼の背後に私は愛しのキノコ⋯⋯アマドタケを発見した。
そっと立ち上がり、アマドタケに近づき両手で傷つけないように周囲の土ごと掬いあげる。
「ナタリア⋯⋯一体⋯⋯」
「アマドタケです。傷口を焼灼したり炎症を和らげたりする効果があります。聖水は入りません。キノコだけを私は信じています。そうすれば、道を間違うことはないという確信があるのです」
私には確信があった。
信じられるのはキノコだけだという確信だ。
ダニエル皇子が味方かどうか、私には分からない。
そもそも、彼が私に優しく接してくるのが色恋営業の可能性もある。
実は味方のフリをして、聖水だと言って硫酸をぶっかけて嘲笑ってくるかもしれない。
男主人公だって信用してはならない。
なぜなら、私は『トゥルーエンディング』のゲームにおいてナタリアは今後出てこない事を知っている。
よく考えれば、要人であるマテリオの暗殺に関わらせたのだから口封じに消されるかもしれない。
「ど、どうしたんだ? ナタリア、いつもの君じゃないみたいだ」
キノコを抱き抱える私を、急に強く抱きしめてくるダニエル皇子は小刻みに震えていた。
「取り戻したのです。本来の私を! キノコさえ愛でられれば何もいらないという本当の幸せを思い出したのです」
ふと、脇腹に温かい液体がかかったような感触を感じた。
ダニエルが従者より受け取った何かを私にかけたようだ。
うっすらと白い煙が出て、傷口の痛みが和らぎ傷が塞がるのが分かる。
(聖水をかけられた? 硫酸ではなかったみたいね⋯⋯)
うっすらと聞こえる低い男の声と共に重い瞼を持ち上げる。
そこにはいかにも主人公といったオーラを放つ、赤い髪のダニエル皇子がいた。
周囲にいるのはダニエル皇子についている皇室の騎士たちだろう。
「ナタリア、目が覚めたのか。聖水で傷は閉じたが目が覚めないから心配したよ」
ふと目が合ったダニエル皇子が私に近づいてくる。
私はどうやら木陰に寝転がされていたようだ。
重い体で起きあがろうとすると、直ぐにダニエル皇子が私を支えてきた。
ゲームでは彼の婚約者のエステル・ロピアンからマテリオ皇子殺しを依頼されるシーンと、マテリオ暗殺シーンしかない暗殺者。
名前もない脇役だと思っていたが、名前はあったようだ。
「ダニエル皇子殿下? ナタリア⋯⋯私の名前?」
「そうだよ。エステルは本当に酷い女だな。暗殺者を雇ったと聞いていたのに、それが君だったなんて⋯⋯」
ダニエルが私の髪を愛おしそうに撫でながら、髪についた葉っぱを丁寧にとってくれる。
とても暗殺者に対する仕草とは思えない。
それにエステルはダニエル皇子からの依頼だと言って、マテリオ皇子を暗殺するようナタリアに伝えていたはずだ。
マテリオ皇子の暗殺は、このゲームの冒頭シーンに当たる。
ゲームのプロローグで、ナタリアが暗殺依頼を受ける場面があった。
マテリオ皇子が暗殺され、ダニエルは次期皇帝の座を確固たるものにしていく。
(私は暗殺に失敗したけれど、これは隠しルート?)
隠しルートでは、暗殺されたはずのマテリオ皇子はひっそりと生きている。
そして、ヒロインのラリカと偶然出会い彼女とささやかな幸せを築くというルートだ。
「私、マテリオ皇子殿下の暗殺に失敗したのですね⋯⋯申し訳ございません。暗殺者失格です⋯⋯」
「ふっ、何を言ってるの? 貴族令嬢だった君に武力に長けた兄上が殺せるはずがない。最も兄上なら君に攻撃できないと思って、最高の嫌がらせとして君にナイフを握らせたんだろうけど⋯⋯本当に、反吐がでるほど、嫌な女だ⋯⋯エステル⋯⋯」
どうやら、ナタリアは貴族令嬢だったらしい。
過去形で話すということは、家が没落でもしたのだろう。
私はマテリオ皇子を刺した確信は合ったが、彼に刺されたという確信がなかった。
私の刺したナイフをマテリオ皇子が抜いたところで、視界がぼやけ意識が途絶えている。
「記憶が⋯⋯曖昧で⋯⋯なぜ、マテリオ皇子なら私を攻撃しないと殿下が思われているのか分かりません」
本当に今起こっている状況が把握できない。
ふと、脇腹に手を当てるとべっとりと手のひらに赤い血がつくのが分かった。
「まだ、傷が閉じてないではないか! おい、もっと聖水を持って来い!」
焦ったような顔をしたダニエル皇子は心配そうに私を見つめている。
その時、彼の背後に私は愛しのキノコ⋯⋯アマドタケを発見した。
そっと立ち上がり、アマドタケに近づき両手で傷つけないように周囲の土ごと掬いあげる。
「ナタリア⋯⋯一体⋯⋯」
「アマドタケです。傷口を焼灼したり炎症を和らげたりする効果があります。聖水は入りません。キノコだけを私は信じています。そうすれば、道を間違うことはないという確信があるのです」
私には確信があった。
信じられるのはキノコだけだという確信だ。
ダニエル皇子が味方かどうか、私には分からない。
そもそも、彼が私に優しく接してくるのが色恋営業の可能性もある。
実は味方のフリをして、聖水だと言って硫酸をぶっかけて嘲笑ってくるかもしれない。
男主人公だって信用してはならない。
なぜなら、私は『トゥルーエンディング』のゲームにおいてナタリアは今後出てこない事を知っている。
よく考えれば、要人であるマテリオの暗殺に関わらせたのだから口封じに消されるかもしれない。
「ど、どうしたんだ? ナタリア、いつもの君じゃないみたいだ」
キノコを抱き抱える私を、急に強く抱きしめてくるダニエル皇子は小刻みに震えていた。
「取り戻したのです。本来の私を! キノコさえ愛でられれば何もいらないという本当の幸せを思い出したのです」
ふと、脇腹に温かい液体がかかったような感触を感じた。
ダニエルが従者より受け取った何かを私にかけたようだ。
うっすらと白い煙が出て、傷口の痛みが和らぎ傷が塞がるのが分かる。
(聖水をかけられた? 硫酸ではなかったみたいね⋯⋯)