恋は復讐の後で
髪を引っ張られ、浴槽から引き摺り出される。
私は自分が裸であることに気がついき、バスタオルを咄嗟に手に取り体に巻き付けた。
「あんたの飼い主が誰か分かってないようね。ダニエルはあんたみたいな、下品な女の腹から出てきた女が触れていいような男じゃないのよ」
私は今、生まれを否定されているらしい。
ナタリアは元は貴族だと聞いたが、母親は平民なのだろう。
今、否定されているのはナタリアで私ではない。
今、私を怒鳴りつけているのは初対面のエステルであり如月教授ではない。
それなのに怒声を浴びると、私はトラウマからか体が震えて喉が詰まって声が出せそうにない。
私はその場の床に跪いた。
いわゆる土下座というやつだ。
これをすれば、相手の怒りは一時でもおさまる。
何が間違っているなんてどうでも良い。
今、自分が責められているこの場から逃げたい。
「も、申し訳ございません。私が悪いのです⋯⋯」
怒鳴られると思考が停止してしまい、殆ど言葉が出てこない。
「な、何なの? そんな格好で土下座してプライドはない訳? そうだ、あんんたの情けない姿、みんなに見てもらいましょう」
エステルは楽しそうに笑うと、部屋の扉を開けようとした。
私は自分の姿に気がつき、慌ててベッドからシーツを抜き取りバスタオルを巻いた自分の体にかけた。
そして、彼女を怒らせないように、再び跪いて床に頭を擦り付けた。
(きっと、あと1時間くらいこうしてれば、許してもらえる⋯⋯)
「夜間の護衛騎士の皆さん、こちらに来てください。面白いものが見られますよー」
エステルの言葉に胸の中に冷たい空気が流れ込んでくる気がした。
体をダンゴムシのように縮こまれせて、ひたすらに床に頭をくっつける。
パシン!
頬を叩くような音がして、少しだけ顔を上げると燃えるような怒りを瞳に宿したダニエル皇子と目があった。
「殿下、何をなさるのですか?」
エステル嬢は赤くなった頬を抑えながら、ダニエル皇子に抗議している。
扉を見ると閉まっているから、騎士たちに見せ物にされる前にダニエル皇子が来てくれたのだろう。
「エステル、流石にやり過ぎだ⋯⋯そんなにナタリアが憎いか? このようなことを彼女にさせて心が満たされるのか?」
ダニエル皇子は私に近づいてくると、しゃがみ込んで私にかけてあるシーツごと抱きしめた。
「ナタリアはもう貴族令嬢ではありません。私は彼女に自分の立場を弁えるように教育していただけです」
「服を脱がせて跪かせ頭を床に擦り付けさせる事が教育か?」
ダニエル皇子は誤解をしている。
服を着ていないのは、お風呂に入っていたからだ。
跪いたのも頭を床に擦り付けたのも私が自発的にやった事だ。
「ご、誤解です。ダニエル皇子殿下⋯⋯私が自分から行った事です。暗殺の任務を遂行できなかったのは私の落ち度です」
頭がこんがらがっているが、とにかく自分の落ち度を認めて謝るしかない。
「ナタリア⋯⋯このような目に合ってるところを見たら君を放っておけないよ」
ダニエル皇子がシーツの上から骨が折れそうなくらい私を抱きしめてくるが、エステルの睨みが怖くて私は必死に抵抗する。
「ナタリア! そうやって下品な格好で男を呼び寄せて誘惑するのは母親そっくりね。 殿下も媚薬でも盛られないように気をつけてくださいね。娼婦の娘は何でもやりますから」
エステルはそう言い捨てると、怒ったまま去っていった。
(媚薬⋯⋯キヌガサタケの一種であるママルオワヒネを使えばできそうだわ)
「ナタリア大丈夫か? 僕は後ろを向いているから着替えると良い」
「いえ、部屋から出てって貰えますか? 1人になりたいのです」
「分かった⋯⋯」
私を気遣うようにダニエル皇子が寄り添って来たが断った。
研究室での虐めのトラウマが蘇りモヤモヤしたし、お風呂にも入り直したかった。
お風呂から出たら、もうここを抜け出す事にした。
夜だけど別に眠い訳じゃない。
(キノコ狩りに行かなきゃ⋯⋯)
私は側にキノコがないと落ち着かなかった。
気持ちの落ち込みとやる気の波のジェットコースター状態の今、私は抗うつ病に良いマイタケを必要としている。
精神安定に効くブクリョウもあればなお良い。
媚薬を作れるだろうママルオワヒネを見つけるのは、火山火口でないと難しい。しかし、ここは異世界。諦めずに似たキノコを採取し、成分を分析してみればうまくいくかもしれない。
私はクローゼットに掛けてある、パンツスタイルの外出着を着た。
(サイズがぴったりだわ⋯⋯将来、ラリカの外出着になるはずの服⋯⋯)
ワンピースならまだしも、パンツスタイルのサイズが合うというのは足の長さが同じという事だ。
違和感を感じつつも私は鏡台の引き出しを開ける。
そこには色とりどりの髪飾りやリボンが入っていた。
(ゲームの中の画面と同じ⋯⋯やはりラリカの部屋になる場所だ⋯⋯)
私はそこから紫色のリボンを取ると、髪を1つに束ねてポニーテールにした。
部屋の扉をそっと開けると、部屋の前に騎士がいた。
焦茶色の髪に琥珀色の瞳をした褐色の肌のイカつい男⋯⋯近衛騎士団長、ユンケル・コスコ卿だ。
彼もまた攻略対象だが、今、このような場所にいることがおかしい。
私は彼の腰に刺してある剣に釘付けになった。
(いつでも、私を殺すことができる⋯⋯)
ここにいたという事は、誰かの命令で私を見張っていたという事だ。
(一介の騎士ではなく、彼レベルの人がなぜ夜間の見張りなんか⋯⋯)
「ナタリア様、どちらかに御用ですか?」
静かに聞いてくるユンケルは無表情で、彼が何を考えているのか分からない。
彼は27歳で、ゲームでは年上の包容力のあるキャラだった。
「キノコ狩りに行くだけよ」
私は攻略対象とは関わりたくなかった。
脇役ナタリアはゲームの中でマテリオ暗殺事件後は見た事がない。
どこかで私は消されるのではないかと疑っていた。
(毒キノコも入手しなきゃ⋯⋯自分の身は守れないわ。ツキヨタケ⋯⋯ドクアカリ⋯⋯)
ついて来てほしくないのに、一定の距離を保ちながら私の後をついてくるユンケルに私は気付かないふりをしながら城の外に出た。
私は自分が裸であることに気がついき、バスタオルを咄嗟に手に取り体に巻き付けた。
「あんたの飼い主が誰か分かってないようね。ダニエルはあんたみたいな、下品な女の腹から出てきた女が触れていいような男じゃないのよ」
私は今、生まれを否定されているらしい。
ナタリアは元は貴族だと聞いたが、母親は平民なのだろう。
今、否定されているのはナタリアで私ではない。
今、私を怒鳴りつけているのは初対面のエステルであり如月教授ではない。
それなのに怒声を浴びると、私はトラウマからか体が震えて喉が詰まって声が出せそうにない。
私はその場の床に跪いた。
いわゆる土下座というやつだ。
これをすれば、相手の怒りは一時でもおさまる。
何が間違っているなんてどうでも良い。
今、自分が責められているこの場から逃げたい。
「も、申し訳ございません。私が悪いのです⋯⋯」
怒鳴られると思考が停止してしまい、殆ど言葉が出てこない。
「な、何なの? そんな格好で土下座してプライドはない訳? そうだ、あんんたの情けない姿、みんなに見てもらいましょう」
エステルは楽しそうに笑うと、部屋の扉を開けようとした。
私は自分の姿に気がつき、慌ててベッドからシーツを抜き取りバスタオルを巻いた自分の体にかけた。
そして、彼女を怒らせないように、再び跪いて床に頭を擦り付けた。
(きっと、あと1時間くらいこうしてれば、許してもらえる⋯⋯)
「夜間の護衛騎士の皆さん、こちらに来てください。面白いものが見られますよー」
エステルの言葉に胸の中に冷たい空気が流れ込んでくる気がした。
体をダンゴムシのように縮こまれせて、ひたすらに床に頭をくっつける。
パシン!
頬を叩くような音がして、少しだけ顔を上げると燃えるような怒りを瞳に宿したダニエル皇子と目があった。
「殿下、何をなさるのですか?」
エステル嬢は赤くなった頬を抑えながら、ダニエル皇子に抗議している。
扉を見ると閉まっているから、騎士たちに見せ物にされる前にダニエル皇子が来てくれたのだろう。
「エステル、流石にやり過ぎだ⋯⋯そんなにナタリアが憎いか? このようなことを彼女にさせて心が満たされるのか?」
ダニエル皇子は私に近づいてくると、しゃがみ込んで私にかけてあるシーツごと抱きしめた。
「ナタリアはもう貴族令嬢ではありません。私は彼女に自分の立場を弁えるように教育していただけです」
「服を脱がせて跪かせ頭を床に擦り付けさせる事が教育か?」
ダニエル皇子は誤解をしている。
服を着ていないのは、お風呂に入っていたからだ。
跪いたのも頭を床に擦り付けたのも私が自発的にやった事だ。
「ご、誤解です。ダニエル皇子殿下⋯⋯私が自分から行った事です。暗殺の任務を遂行できなかったのは私の落ち度です」
頭がこんがらがっているが、とにかく自分の落ち度を認めて謝るしかない。
「ナタリア⋯⋯このような目に合ってるところを見たら君を放っておけないよ」
ダニエル皇子がシーツの上から骨が折れそうなくらい私を抱きしめてくるが、エステルの睨みが怖くて私は必死に抵抗する。
「ナタリア! そうやって下品な格好で男を呼び寄せて誘惑するのは母親そっくりね。 殿下も媚薬でも盛られないように気をつけてくださいね。娼婦の娘は何でもやりますから」
エステルはそう言い捨てると、怒ったまま去っていった。
(媚薬⋯⋯キヌガサタケの一種であるママルオワヒネを使えばできそうだわ)
「ナタリア大丈夫か? 僕は後ろを向いているから着替えると良い」
「いえ、部屋から出てって貰えますか? 1人になりたいのです」
「分かった⋯⋯」
私を気遣うようにダニエル皇子が寄り添って来たが断った。
研究室での虐めのトラウマが蘇りモヤモヤしたし、お風呂にも入り直したかった。
お風呂から出たら、もうここを抜け出す事にした。
夜だけど別に眠い訳じゃない。
(キノコ狩りに行かなきゃ⋯⋯)
私は側にキノコがないと落ち着かなかった。
気持ちの落ち込みとやる気の波のジェットコースター状態の今、私は抗うつ病に良いマイタケを必要としている。
精神安定に効くブクリョウもあればなお良い。
媚薬を作れるだろうママルオワヒネを見つけるのは、火山火口でないと難しい。しかし、ここは異世界。諦めずに似たキノコを採取し、成分を分析してみればうまくいくかもしれない。
私はクローゼットに掛けてある、パンツスタイルの外出着を着た。
(サイズがぴったりだわ⋯⋯将来、ラリカの外出着になるはずの服⋯⋯)
ワンピースならまだしも、パンツスタイルのサイズが合うというのは足の長さが同じという事だ。
違和感を感じつつも私は鏡台の引き出しを開ける。
そこには色とりどりの髪飾りやリボンが入っていた。
(ゲームの中の画面と同じ⋯⋯やはりラリカの部屋になる場所だ⋯⋯)
私はそこから紫色のリボンを取ると、髪を1つに束ねてポニーテールにした。
部屋の扉をそっと開けると、部屋の前に騎士がいた。
焦茶色の髪に琥珀色の瞳をした褐色の肌のイカつい男⋯⋯近衛騎士団長、ユンケル・コスコ卿だ。
彼もまた攻略対象だが、今、このような場所にいることがおかしい。
私は彼の腰に刺してある剣に釘付けになった。
(いつでも、私を殺すことができる⋯⋯)
ここにいたという事は、誰かの命令で私を見張っていたという事だ。
(一介の騎士ではなく、彼レベルの人がなぜ夜間の見張りなんか⋯⋯)
「ナタリア様、どちらかに御用ですか?」
静かに聞いてくるユンケルは無表情で、彼が何を考えているのか分からない。
彼は27歳で、ゲームでは年上の包容力のあるキャラだった。
「キノコ狩りに行くだけよ」
私は攻略対象とは関わりたくなかった。
脇役ナタリアはゲームの中でマテリオ暗殺事件後は見た事がない。
どこかで私は消されるのではないかと疑っていた。
(毒キノコも入手しなきゃ⋯⋯自分の身は守れないわ。ツキヨタケ⋯⋯ドクアカリ⋯⋯)
ついて来てほしくないのに、一定の距離を保ちながら私の後をついてくるユンケルに私は気付かないふりをしながら城の外に出た。