恋は復讐の後で
 皇城を出ようとする途中、何度も夜間の護衛騎士に引き留められそうになった。しかし、私から離れてついてくるユンケルがアイコンタクトをとると騎士たちは納得するように下がった。

「皇城は街中でしたね。すみません。キノコが取れる森まで案内して欲しいのですが⋯⋯」

 城門を出たところで、私は到底キノコなど生えない栄えた街中である事に気が付いた。後ろについてくるユンケルに助けを求めると、ユンケルは黙って馬を連れて来た。

 「お乗りください。キノコが沢山生えているレオノラ森まで案内します」

 真夜中なのに無理なお願いを聞いてくれるユンケルは優しい方だ。
ゲームの中でも、私は彼のような包容力のある男と一緒になるのが一番幸せなんだろうと漠然と思っていた。

 「失礼致します」
 ユンケルは一言静かに断ると、私を自分の前に乗せて後ろに自分が乗った。
 同じような体制でダニエル皇子とも馬に乗ったが、ユンケルは私に密着しないよう気をつけているのが分かる。

 その紳士のような振る舞いに思わず心の中で拍手した。

 馬は真夜中の街を想像以上に速いスピードで走った。
 私は少し怖くて馬の首に引っ付こうとする。

「もう少しスピードを落としましょうか⋯⋯このスピードでも2時間はかかる場所なのです。レオノラの森は⋯⋯」

「いえ、このスピードでお願いします」
 馬に乗り慣れていなくて、お尻が痛い。
(2時間⋯⋯それ以上はお尻が火を吹きそうだわ⋯⋯)

 それにしても、私の要望通り本気でキノコの名産地に連れて行ってくれるようだ。
(私を見張るように命令されていたはずなのに、良いのかしら⋯⋯)

「あの⋯⋯私を連れ出して宜しいのですか? 見張っておられていたのでは?」
「そうですね。でも、あなたを見ていると願いを何でも叶えてあげたくなるのです」
 一瞬、ユンケルの返答に心臓が飛び跳ねた。

「願いを何でも叶えてあげたい」はユンケルがラリカに言ったセリフだ。
 彼はラリカに惚れていたから、そのように彼女を甘やかす事を言ったのかと思っていた。
 しかし、他の女の子にも同じ事を言っていたようだ。

(そこはかとなく漂うベテランホスト臭⋯⋯大丈夫かしら?)

 キノコを手に入れたら、彼とも距離をとった方が良さそうだ。
 毒キノコを使って麻痺や幻覚症状を起こさせても、帝国一の腕を持つ彼に攻撃されたら負けるかもしれない。

 街中を2時間走り、田園風景を駆け抜けるとレオノラの森についた。
 その頃にはうっすらと朝日が昇り始めていて辺りが明るくなり始めている。

「ここがレオノラの森です。多種多様のキノコが生息しているかと思います」
 私は朝日に照らされた森を見て、感嘆の声を漏らした。

「う、うそ。見た事ないキノコが沢山。このオレンジ色のキノコはママルオワヒネに似ているわ。この悪臭も堪らない!」
 信じられないことに目の前はキノコの森と言っても過言でもないほど、キノコがびっしりと生息していた。

「ありがとうございまう。コスコ卿! ここに住みたい気分です」
 私は早速しゃがみ込んで、キノコをとり始める。

「ふふっ、ナタリア様さえ宜しければ、ここに小さな家を建てて2人で住みますか?」
 私を遠くから眺めつつ朝日に照らされたユンケルが微笑みながら言った。
(営業トーク? 何だろう⋯⋯彼の真面目そうな雰囲気のせいか本気に聞こえる⋯⋯)

「キノコをありったけとったら、ロピアン侯爵邸に私を送ってください」
「分かりました⋯⋯」
 私は思わずユンケルから目を逸らして、キノコをとり始めた。
するとユンケルはさっと大きな麻袋をどこからか出してきて、私に渡してくれる。大きな袋でありったけのキノコがとれそうだ。

 ここにあるキノコは槇原美香子の世界のものと似ているようで、完全には一致しない。しっかりと成分を分析してから使用しないと危険だろう。キノコは毒にも薬にもなる。

「私も手伝わせてください」
「あ、ありがとうございます。とにかく、後で分別するので、ここにあるキノコをあるだけとってください」

 大きな体で私の隣にしゃがみ込んでいる騎士服の男は、まるで私に好意があるように接してくる。
 ナタリアとは何者なのだろうか。
 確かにナタリアは長いまつ毛に憂いを帯びた瞳、若いだろうに色気のある女だ。
 (男性はナタリアみたいな女には無料で優しくしてくれるもの?)

 私はお金も払わず好意的に男性に接してこられた事などない。
 しかし、無料より高いものはないというように警戒はした方が良いだろう。

 私は断片的にナタリアとして過ごした記憶が戻りつつある。
 それらの殆どはエステルに虐められた記憶で、他の人間と関わった記憶は思い出せない。
 それだけナタリアであった私にとって、エステルの虐めはきつかったということだ。

 「あ、すみません⋯⋯」
 思わずとろうとしたキノコが、彼と被ってしまって手が重なる。

「いえ、ナタリア様が私に謝る事は何もありませんよ」
 優しく微笑まれて緊張した。
 キノコ狩りを通じて、心が少し通じたのかユンケルの表情が柔らかい。
 
「そろそろ参りましょうか」
 ユンケルはそっと白いハンカチを出すと私の手を拭いてくれた。
 私が静かに頷くと、また馬に乗せられる。

 日が高いからお昼くらいだろう。
 随分と長い間、キノコをとって時間が経過していたようだ。

「お腹空きませんか? 何か食べていきましょうか」
「あ、いえ⋯⋯キノコの成分分析がまだでして、キノコ料理をふるまえません。お金がないので奢ることもできないのですが⋯⋯」
 私は何かおかしい事を言っただろうか、馬の後ろに乗っているユンケルが笑いを堪えている気がする。
(毒キノコを誤って調理したら大変なことになるのに⋯⋯)

「私が、ナタリア様と一緒に食事をしたいのです。当然、ご馳走させてください」
「は、はい⋯⋯」

 ただ美人なだけで、ご馳走をしてもらえるものなのだろうか。

 それとも、私が完全にナタリアであった時の記憶を思い出せば、ユンケルと実は深い関係だったりする真実が出てくるのかもしれない。

「ナタリア様、そのような不安そうな顔をしているのはマテリオ皇子殿下のことが心配だからですか?」

 それまで一定の距離を持って接してきたユンケルが私の背中にピッタリついて囁いた。
 しかし、どのような返答をするのが正解か分からず、ただ押し黙るしかなかった。






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