追放シスターは王子の一途な恋に気づかない〜癒しの精霊師になったので今日もせっせと薬草茶を淹れます〜
ミアが扉の前から動かないので、痺れを切らしたアリエスが中に入るようにと鳴く。
急かされたミアは扉を開けた。幸い鍵は掛かっていなかった。中に入って備え付けの魔法道具のランプに手をかざす。
明るくなった室内を見回してみたところ、床や家具の上には埃が積もっている。幸い室内は傷んでいる箇所はないので、掃除すればなんとかなりさそうだ。
「あ、奥に台所がある」
台所へ移動してみると、そこは手前の居室より綺麗だった。
石でできた床の上には作業用のテーブルと椅子が二つある。壁際にはキッチンストーブと食器棚が備え付けられていて、何よりも嬉しいのは室内に井戸がある点だ。水汲みに行かなくていいのはありがたい。
ミアは椅子に腰を下ろした。
「疲れたわ……」
ずっと歩きっぱなしだったので足はくたくただ。お茶でも飲んでゆっくりしたい。
「リリーとマーガレットが餞別に薬草を渡してくれたのよね」
今夜は自分を甘やかすために薬草茶を飲んでリラックスしよう。
(昔は自分にもお茶を淹れていたけど、いつの間にかヘルガ様のためのものになっていったのよね)
ヘルガという単語を皮切りに、教会で過ごした記憶が堰を切ったように流れ込んでくる。ほとんどが苦しい記憶ばかりだったので、ミアは渋面になった。
理不尽に追い出されて酷い仕打ちまで受けたのは悔しいけれど、相手を恨んでも仕方ない。というより、これ以上彼らに振り回されたくなかった。
「嫌な記憶はお茶と一緒に胃に流しましょう。今後どうするかはここでゆっくり考えるわ」
今のミアは美味しいお茶と友達のアリエスさえいてくれば幸せだ。
ミアは旅行鞄から紙袋を取り出して中を覗き込む。そこには七種類の薬草とドライプラム、パンが入っている。
薬草以外が入っていて驚いた。恐らく二人はミアが追い出されると知って、慌てて食料を詰めてくれたのだろう。
その気遣いが嬉しくて胸がじんとなった。
「二人ともありがとう。大切に使わせてもわうわ」
ミアは紙袋から顔を上げ、お茶の準備に取りかかる。