二人乗りの帰り道〜田舎に住む女子高生は、うまく恋を始められない〜

10.トラウマとデコピン


「呪いか……」

 芽依と本山駅で別れると、深いため息と共に、声にならない言葉を一緒に零した。

 織姫駅に向かう車窓から、気持ちよく泳いでいる鯉のぼりを眺める。
 田舎の鯉のぼりは、とても雄大で、並んで風に泳ぐ鯉のぼりを見ていると、呪いも何とかなるから大丈夫だな、と思える。

 織姫駅に到着すると、藍川君と石ちゃんの二人組に声を掛けられる。

「葵ちゃん、お帰り」
「——よお」

 二人の手の中に、齧りかけのメンチカツを見つける。
 メンチカツが気になると言っていた藍川君と石ちゃんは、また織姫駅の精肉店に行ったらしい。
 たぬき駅長の織姫駅と言っていた藍川君が、自分から織姫駅に降りてくれるのが、何だか嬉しくて、自然と笑顔が溢れる。

「メンチカツ、美味しい?」
「「旨い……っ」」

 二人が息ぴったりで、笑顔で頷く。

 石ちゃんが「やっぱり精肉店のメンチカツはひと味違うね!」と大きく上下に首を動かす。

 藍川君が、ぽんっとベンチの隣を叩く。

「立ってないで、渡辺さんも座れば?」
「うん、ありがとう」

 藍川君と並んで座ると、藍川君が首をひねりながら、じっと顔を見て来る。
 控えめじゃなくて、すごく堂々と正面から見つめられるので、心臓がどきりと跳ね上がる。
 恥ずかしさが込み上げて来て、頬が燃えるみたいに熱くて、痛い。

 正面から改めて見る藍川君の顔は、目元が涼やかに整い、鼻筋も高い。眉間に僅かにしわを寄せ、心配そうにする仕草も色気を感じさせるというか、とにかく私の心臓に負担がかかる。

「なあ、顔赤くないか? もしかして、熱か?」

 藍川君の整髪料のミントみたいな匂いが鼻を掠める。
 ゆっくりと腕を伸ばして、額に触れようとする手に気づいて、はっとする。
 ぐいっと藍川君の肩を押し返す。

「ちょ、ちょっと、藍川君、近いよ……っ」
「ああ、悪い。何かいつもと違う感じがしたから、何が違うのか、気になった」
「あ、えっと、魔法使いに魔法をかけてもらいました」
「はっ?」

 ようやく藍川君の顔が離れて行ったけど、まだ心臓の鼓動が落ち着かなくて、敬語になってしまった。
 藍川君は涼しい顔のまま、ちょっと呆れたような表情を浮かべているけど、私は恥ずかしさで居た堪れない。

「わ、わたし、飲み物買って来る……っ」

 恥ずかしくて居ても立っても居られず、座ったばかりのベンチから飛び跳ねるように、立ち上がり自動販売機の前立つと、深く息を吐いた。

「はあ、びっくりした……」

 藍川君の距離感がおかしいと文句を言いたくなる。
 あの状況で顔が赤くならない人はいないと思う。顔がイケメンの人は、自分の破壊力を考えて頂かないと、心臓が跳ね上がって困る。
 頭の中で藍川君に文句をひと通り言い終えると、気分転換に大好きなサイダーを買い、ぴたりと頬に当てる。目を閉じて、熱い頬の熱が冷えて行くのを感じた。

 気持ちを立て直し、頬の熱も引いたので、二人のいるベンチに戻る。
 藍川君が、今度は適切な距離感で私を見る。

「なあ、さっきの魔法使いって何なの?」
「あー、うん、ちょっと、呪いを解いて貰っていて……」
「はあ? 渡辺さん、ちょっと最初から話してみようか……」

 呆れた顔の藍川君に、質問をいくつか繰り返し、気付けば敏腕刑事並みに色々聞き出され、結局、罰ゲームの告白のことを立ち聞きした事や、呪いや魔法使いについても、今までで一番詳しく洗いざらい話し終える。
 取り調べをされた人って、きっとこんな風にぐったりしているのだろうな、と遠い目をしてしまう。

「なるほどね。つまり、罰ゲームの告白がトラウマで、気になる人が出来ても先に進めないってことか」

 藍川君が腕を組んで、首を上下にゆっくり動かした後、口角をにやりと上げた。

「渡辺さん、——俺が協力してあげるよ」

 藍川君の言葉に、驚いて目をぱちぱちと瞬かせる。

「えっ? なんで……っ?」

 思いっきり首を傾げてしまう。

 ——ぺちっ

「痛っ……!」

 藍川君が私のおでこにデコピンをしたらしい。
 相変わらず、地味に痛くて、目が潤む。
 潤んだ瞳でじとりと恨めしげに見上げると、藍川君の涼やかな瞳と見合う。

「そのデコピンがしやすい渡辺さんの髪型が気に入ったから」

 喉の奥でくつくつ笑いながら藍川君が言った。
 藍川君に揶揄われている。それは分かっているのに、明日から同じ帰りの電車に乗る約束をしていた。
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