二人乗りの帰り道〜田舎に住む女子高生は、うまく恋を始められない〜
14. シュシュと約束
「葵! 起きないと遅刻するわよ!」
「わああ……っ、もっと早く起こしてよ」
「ずっと起こしていたわよ。早くご飯食べなさいね」
昨日は圭君と藍川君のことを考えていたら、同じところをぐるぐる回って、どこにも向かえず、出口も見えなくて眠れなくなってしまった。
どうせ眠れないならと、大量の課題を始めたのが良くなかった。英語の長文読解は集中出来たし、数Iも数IIも順序良く進んで行った。
気付いたら課題の山はかなり低くなり、時計の針は何周も回ったようで、空が薄っすら明るくなり始めていた。
慌ててベッドに潜り込み、目を瞑ると、あっという間に夢の世界に辿り着けたが、鏡に映る私は薄っすらクマが出来ている。
「よし……っ! 何とか間に合いそう」
急いで支度を整え、最後に手首にピンクのシュシュを付ける。結ぶとリボンがちょこんと出来る、この可愛いシュシュはお気に入りのひとつだ。
魔法使い花音に言われてから、自分の好きな可愛いものを身につけるようになった。
圭君や花音、芽依や女の子の友達に、可愛いね、と言ってもらう度に、ほわんと心が温かくなる。
今日は寝坊したので、学校に着いたら結ぶことに決め、急いで織姫駅に向かう。
課題は取り組んだのに、朝のホームルームの小テストの勉強は忘れていたので、織姫駅から芽依が乗り込んで来た後も、一緒に小テストの勉強に付き合ってもらった。
「ごめんね、芽依!」
「いいよいいよ、私も今日は自信無かったしね」
優しい友人に感謝して、圭君のいる朝の教室に向かった。
教室の扉の前に立った途端、昨日の『茹で蛸が好き』発言を思い出した。
芽依に相談に乗ってもらう予定を忘れていたと気付いて、泣きたくなる。
どんな顔で二人きりで会えばいいのか、扉に手を掛けたまま立ち尽くしていると、扉がガラリと開いた。
予想外の出来事に、驚きで、びくっと身体が跳ねる。
「やっぱり葵ちゃんだ。どうしたの?」
柔らかな笑みを浮かべた圭君が立っていた。
どんな顔で会えばいいのか悩んでいたけど、圭君の顔を見たら、胸が高鳴って止まらない。
長い腕が伸びて来て、頭をぽんぽんと優しく撫でられる。
「おはよう、葵ちゃん。今日は髪、下ろしてるんだね」
「圭君、おはよう……うん、寝坊しちゃって、変だったかな?」
「ううん。すっごく可愛いし、好き」
「ふえっ?」
頭をぽんぽんと撫でる優しい手が、そのままするりと滑るように撫でて行く。
肩下くらいの髪を圭君の手が、ゆっくりゆっくり撫でていくのが、心臓が飛び出しそうなくらい恥ずかしくて、俯いてしまう。
「葵ちゃん、ベランダでゆっくり話そう?」
圭君の少し低い優しい声が落ちて来る。視線を上げると、柔らかく目を細めた圭君と目が合った。
上手く言葉を出せない私は、熱を持つ顔を、こくこくと上下に動かす。
ふふっと圭君が笑い、腕を優しく掴むとベランダに出る。
霞みがかった空から柔らかな日差しが降り注ぐ。
遠くを見つめていると、いつもより近くに横に立つ圭君の手が、何度も髪を梳き撫でる。
たまに一番下まで撫で終えると、指先でくるくると毛先を巻き付けて遊ぶのを繰り返す。
「さらさらだね」
圭君の手が優しく撫で動き、最後に横髪を耳にかけられる。
圭君の手が耳に触れた途端に、肩が揺れてしまう。
「もうっ、圭君、くすぐったいよ……っ」
あまりに恥ずかしくて、圭君をじとりと見上げると、圭君が片手で口元を覆う。そのまましばらく空を見上げているので、心配になり、圭君のブレザーの裾を引っ張る。
「あの、圭君どうしたの?」
「ん? 葵ちゃんが、可愛すぎると思ってただけだよ」
ぼんっと顔から火が出たみたいに熱くなり、頬が痛いくらい。
圭君の優しい手が、頭をぽんぽんと撫でると、ゆっくり離れて行く。
甘い柔らかな圭君の瞳に見つめられる。
「葵ちゃん、今日の午前授業の後に予定ってあるかな?」
「ううん。土曜日は少し残って、花音達と課題をやるけど、約束しているわけじゃないから……どうして?」
今日は土曜日だから午前授業なのだ。
いつもお弁当を持って来て、花音達と一緒に食べた後、課題をしたり、お喋りをしたりして、帰ることが多い。
芽依もクラスの子と一緒に過ごしているから、土曜日は一緒に帰る約束はしていない。
甘い微笑みを浮かべていた圭君が、真面目な表情に変わる。
見たことがない表情に、心臓が、とくん、と音を立てる。
「葵ちゃん、話したい事があるんだ。俺に、時間貰えないかな?」
圭君の真剣な眼差しに見つめられる。
心臓がどきりと跳ね上がり、頬に熱が集まる。
私は、はい……と小さな声で、圭君に頷いた。