二人乗りの帰り道〜田舎に住む女子高生は、うまく恋を始められない〜

15. 大漁と自転車



 圭君と約束をした。
 私だって鈍感じゃない。
 その予感に胸が締め付けられるような、甘く痺れるような感覚に、授業の間、ずっとどきどきが止まらなかった。

 大型連休中の大量の課題に教室から悲鳴が聞こえて来ても、どこか遠くのことの出来事みたいだった。

 圭君と約束した通り、別々に教室を出る。
 先に出た圭君が、自転車置き場で待っていてくれる。
 私を見つけると爽やかに笑い、片手を挙げてくれる。

 その無邪気な笑顔に、胸の奥が、きゅう、と甘く締め付けられる。
 圭君に片手を小さく振り、圭君に駆け寄る。
 話を聞く為に、圭君を見上げる。
 圭君が目を細めると、頭をぽんぽんと撫でる。

「葵ちゃん、後ろに乗って」
「ふえっ?」

 驚いて、間抜けな声を出してしまう。
 頭に置かれたままの手に、優しく撫でられる。
 あの後、気持ちを落ち着かせる為に、シュシュでポニーテールに結び直した。
 ちょこんと出来たシュシュのリボンに圭君の指先が触れるのを感じる。

「行きたい場所があるんだ。いいかな?」

 覗き込むように甘く見つめられれば、熱くなる顔を首を上下に動かすことしか出来ない。
 
「ありがとう」
 
 優しい声が頭の上から降って来る。
 圭君と私の鞄を前カゴに入れると、少し考えた後に圭君は冬服のブレザーを脱いで、一緒に入れた。
 そのまま白シャツを捲り上げると、圭君の筋肉のついた腕が見え、男らしい部分にどきりと心臓が跳ねた私は、慌てて視線を外す。
 圭君は自分の自転車に乗ると、くるりと私に振り向き柔らかな眼差しを向ける。

「じゃあ、後ろに乗って」
「う、……うん」

 圭君の肩になるべく触れないように、そっと手を置いて、自転車の後ろに立つ。
 この前の二人乗りは突然の出来事だったから、白シャツ越しに伝わる圭君の体温を手のひらに感じて、頬が朱に染まっていくのが分かる。

「葵ちゃん、ちゃんと掴まってね」

 圭君の顔が横を向き、私を見上げるように見つめられる。肩に置いた手の上に、圭君の手が置かれ、ぎゅっと力を入れられる。

「あ、お、い、ちゃん? ちゃんと掴まってね?」

 いたずらっ子みたいに無邪気に笑う圭君の笑顔は破壊力抜群で、これ以上見ていたら心臓が持たないと思い、赤い顔を伏せる。
 下を向いても顔から火が出るみたいに熱くなり、ものすごい勢いで首をこくこくと上下に動かす。

「ちゃ、ちゃ、ちゃんと掴まります……っ!」
 
 ぎゅうっと力いっぱい圭君の肩を掴むと、圭君がくすくす笑いながら目を細める。

「じゃあ、行くよ!」

 二人乗りの自転車が走り出す。
 風が頬を撫でて行き、景色も流れ出す。
 圭君の漕ぎ出した自転車は、西森駅に向かわず、どんどんスピードを上げていく。

 初夏の陽射しに照らされ、柔らかな新緑がキラキラと輝いている。
 青い匂いがする風が、制服のスカートを揺らす。遠くに見える青い空に浮かぶ、白い雲がゆっくりと後を二人乗りの自転車を追いかけて来る。

「ねえ、圭君、どこに行くの?」
「ふふっ、内緒」

 言われた通り、ぎゅっと圭君の肩を掴んだまま尋ねると、前を向いたまま答えてくれた。
 教えて貰えないのが、ちょっと面白くなくて、口を尖らせていると、圭君がくるりと振り向いた。

「やっぱり葵ちゃん、タコの口になってる」

 片手で両頬を、ぽすっと摘むと、揶揄うように見つめられる。
 圭君の手のひらが思ったより熱くて、熱が移るみたいに、かぁ、と顔に熱が集まる。

「あっ、葵ちゃん茹でたこになった」
「け、け、圭君! 前見て……っ! 危ないよ!」

 楽しそうな圭君は再び前を向いて、速度を上げて走り出す。
 そこからしばらく自転車を走らせると、河原に辿り着いた。

「わああ……っ! 鯉のぼりがいっぱいだね!」

 晴れ渡った青空に、たくさんの鯉のぼりが一斉に泳ぐその姿は、見ているだけで、気持ちよくて、本当に晴れ晴れとした気持ちにさせてくれる。
 初夏の気持ちいい青空に、鯉のぼりが泳ぐ姿は圧巻だった。

 自転車を降りると、圭君に手首を掴まれる。
 こっち、と急かすように走り出す圭君について行く。

「これっ! 俺の鯉のぼりだよ!」

 子供みたいに、無邪気にと笑って、圭君が大きな鯉のぼりを指差した。

「ええっ? そうなの?」
「葵ちゃんに聞かれて、気になって親に聞いたら、寄付したって聞いてさ。今はここで泳いでるみたいだね」

 大空に泳ぐ鯉のぼりを目を細めて眺める圭君の横顔を見る。
 圭君の横顔の顎のラインや喉仏の形がすごく綺麗だなと見惚れていると、圭君の顔がこちらに向けられる。甘くて柔らかな瞳に視線が絡む。

 二人の間の沈黙を圭君が破る。

「もし自分の鯉のぼりを見つけたら葵ちゃんに話すって決めてたんだ……」
「——うん」

 緊張が高まって行く。

「ずっと葵ちゃんに、言おうと思ってたんだけど……」

 優しい大きな目が真っ直ぐに私を向いていた。
 胸が苦しくなるみたいで、呼吸の仕方が分からない。
 圭君の喉仏が大きく動き、言葉を紡ぐ。

「俺さ……」
「……うん」

 回りの音が完全に消える。

「葵ちゃんのこと、入学前から知ってたんだよね」

「ふえ?」

 また間抜けな声が出た。
 予想もしていなかった言葉に、続きを促すように圭君を見つめた。
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