二人乗りの帰り道〜田舎に住む女子高生は、うまく恋を始められない〜

16. 勘違いとすれ違い



 圭君が私のことを知っていた?
 どういうことだろうと首を傾げると、圭君がゆっくりと息を吐いた。

「俺、健介と幼馴染で、中学までサッカークラブが同じだったの」
「えっ……?」

 圭君の言葉に頭の中が真っ白になった。
 
「健介が小学生の時に引っ越したけど、サッカークラブは辞めなかったからね。中三で葵ちゃんと同じクラスになってから、耳にタコができるくらい葵ちゃんの話を聞いてたんだよね。隣の席になった時なんて、すっごい興奮してて、聞いても無いのに、ずっと葵ちゃんの話してたんだよね」

 健介君がどんな話を圭君にしていたのか、分からないけど、圭君に色々話していたらしい。
 どんな反応をすればいいのか分からず、そうなんだ、と呟くので精一杯だった。

「ずっと好きだった葵ちゃんに振られた後、健介、荒れちゃって大変だったんだよ」

 圭君が当時を思い出すように苦笑いを浮かべて、視線を投げて来る。

「……う、そ……?」

 圭君の言葉を聞いて、真っ先に私の口から出てきたのは、そんな言葉だった。

 私は中三のあの日、健介君が『罰ゲームの告白』の話を自分の耳で聞いた。
 それは、他の人に違うと否定されても、事実だ。
 それでも、他の人から、はっきりと健介君が私を『ずっと好きだった』と言葉で伝えられると、戸惑いを隠せない。

 やっと花音や圭君の優しい言葉で、『罰ゲームの告白』も過去のことになって来たのに、優しい言葉を掛けてくれていた圭君から健介君が私のことを『ずっと好きだった』と聞きたくなかった。

 うまく頭が働かず、何か言わなくちゃと思うのに、何も言葉が出て来ない。
 二人の間を流れる沈黙を破ったのは、圭君だった。

「最初はね、健介の葵ちゃんが、どんな子か興味があって話しかけたんだ……」

 圭君は、そんな風に思っていたと知り、氷水を頭からかぶったみたいに冷えていく感覚に襲われる。
 圭君の顔をまともに見ていられずに、俯いてしまう。

「きっかけは好奇心だったんだけど、葵ちゃんと話したら全部そういうの吹っ飛ん出て……」

 続けられる言葉に驚いて、圭君の顔を見上げると目と目が合う。
 真っ直ぐに見つめられる瞳から、目が引き寄せられるように離せなくなった。

「好きだよ」

「茹でたこになる葵ちゃんも、笑ってる葵ちゃんも大好きだよ」

 圭君から言われたいと思っていた筈の言葉なのに、素直に受け入れることが出来ない自分に戸惑い、頭の中が真っ白になっていた。

 目の前にいる圭君の腕がゆっくりと伸びて来る、いつものように頭の上に伸びた辺りで、無意識に身体がびくっと震えて、思わず一歩後ろに下がった。

「えっ、……? 葵ちゃん……?」

 圭君の顔が戸惑いの表情を浮かべる。
 違う、圭君にこんな顔をさせたい訳じゃなくて、首を横に振る。

「どうして……? 健介君のこと、話したの……?」

 圭君から健介君のことを聞かなければ、舞い上がるくらい幸せだったはずなのに、どうして健介君のことを言ったの?
 どうして? と、なんで? が自分勝手な頭をぐるぐる回る。

 圭君が困ったように眉を下げる。

「健介と昔から知り合いだって、後から知ったら嫌かな、と思ったからだけど……えっ、わっ、葵ちゃん、すっごく顔色悪いからあっちの木陰のベンチに座ろう」

 優しい圭君は、私の自分勝手な都合で、圭君を避けたのに優しく気遣ってくれる。
 圭君は、今度は私の腕を引かないで、ゆっくり歩き始め、ちゃんと付いて来ているかを何度も振り返って確認してくれる。

「葵ちゃん、大丈夫? 気持ち悪くない?」
「——ありがとう……」

 圭君は自動販売機でよく冷えたスポーツドリンクを差し出すと、少し距離をあけて隣に腰を下ろした。
 私が避けたから気を遣って離れてくれていると理解しているのに、その距離が寂しくて、自分勝手な自分が嫌になる。

「あのね、圭君……」
「葵ちゃん、……返事はすぐじゃなくて、良いから。だから、考えてみてくれないかな」

 私の頭の中がぐちゃぐちゃになっているのを責めない優しい圭君の優しい言葉に、甘えていいのかな? 迷い俯く私の頭に、優しい手がぽんっと下りて来る。

「——ありがとう」

 上手く笑えているといいな、と思って圭君を見上げれば、いつもと同じように、ぽんぽんと優しく撫でる圭君の手の温かさに安心した。
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