二人乗りの帰り道〜田舎に住む女子高生は、うまく恋を始められない〜
17. かき氷と梅シロップ
圭君に告白をされたのに、健介君のことが頭をちらついてしまう。
あの後、優しい圭君に甘える形で保留にしてもらった。
何か大切なことを見落としているような気がして、だけど、見つめ直すのが怖くて、大量の課題に没頭して過ごしている内に、芽依と藍川君と石ちゃんが我が家にやって来る日になっていた。
「葵の家に来るの久しぶりだね。相変わらず、可愛いお家だね」
「よお」
「葵ちゃん、お邪魔します」
もこもこ咲き誇るモッコウバラの庭をくぐり抜けて、三人を迎える。
早速、約束通りに課題に取り掛かることにして、進んでいる状況を確認する。
「「なんで、二人共ほとんど終わってるの?」」
芽依と石ちゃんが息ぴったりに叫ぶ。
「いや、普通にやればこれくらい終わるだろ」
「基本問題も多かったし……」
藍川君と顔を見合わせて、頷きあう。
「芽依、石ちゃん……課題見せて!」
うっ……と視線を彷徨わせる二人に藍川君と詰め寄ると殆ど手付かずの課題を出して来た。
「やるつもりはあったんだけど、全然分からなくて……進学校の授業って早いよね……」
二人がぶつぶつ言いながら頷きあうのに、藍川君とため息を深く吐いた。
藍川君と私で、芽依と石ちゃんの課題を教えて行く。藍川君は教えるのが上手くて、先生顔負けの授業で二人に叩き込んで行った。
問題を解き、解説をする、を繰り返している内に、いい時間になっているので、二人の指導は藍川君に任せてお昼ご飯の準備をする。
「葵ちゃんのご飯、美味しい! 生き返るよ……っ」
「葵のご飯はいつも美味しいよ。いやー、藍川君ってスパルタだったね」
「裕太怖いよねー」
「ねー」
芽依と石ちゃんがサンドイッチをぱくぱく食べながら盛り上がる。
「ああ? 午後教えないぞ」
「「嘘です!」」
藍川君のひと睨みで決着したらしい。
思わず笑ってしまうと、藍川君にじっと見られる。
「渡辺さん、笑い過ぎ」
何だか可笑しくて、笑いが止まらない。
藍川君が、呆れた視線を私に向けた後、諦めたのか、目の前のカルボナーラパスタをフォークで巻きつけて、口に運ぶ。綺麗な食べ方に思わず見入ってしまう。
口元が弧を描き、こちらに顔を向ける。
「このパスタ、旨いね。渡辺さんが作ったの?」
「あ、うん。ありがとう。私、中学の時は家庭科部だったの。だから料理とか割と得意だし、好きなんだよ」
「へー、そうなんだ」
その後もみんなで盛り上がってご飯を食べ終える。
藍川君は割とスパルタらしく、午後も二人にびしばしと教えていた。
二人に数学の問題を指示した藍川君が、私の広げた課題を覗いて来た。不意にミントの香りが鼻を掠め、距離の近さに驚き、離れようとすると、
「渡辺さん、ここ間違ってる」
「えっ?」
「源氏物語は主語が分かりにくいからな。ほら、ここから繋がるんだよ」
「あっ、本当だ! あ、じゃあここは?」
「ん? ああ、これも難しいよな」
藍川君の説明は分かりやすくて、気付けば距離のことは忘れて、あれもこれもと質問を繰り返してしまった。
いつも芽依に質問される立場だったから質問をするのは新鮮な感じがする。
「もう……無理……」
「今日はもう出来ない……っ」
芽依と石ちゃんの嘆き声に、我にかえると、二人が机に突っ伏していた。藍川君と顔を見合わせて笑ってしまう。
「芽依のリクエスト、用意しておいたよ。食べる?」
「食べる!」
「えっ、なになに?」
芽依のつむじに向かって話し掛けると、芽依と石ちゃんの顔が勢いよく上げられ、息ぴったりな二人に笑ってしまう。
芽依はかき氷が大好きで、特に渡辺家特製の梅シロップをかけて食べるかき氷がお気に入りなので、暑くなって遊びに来るといつも食べている。ちょっと肌寒い日にも食べようとするから、風邪を引かないか心配になるくらい。
ペンギンかき氷器を出し始めると、芽依と石ちゃんが目をキラキラ輝かせる。
「子供みたいだな」
藍川君が、ふっと笑う。
そんな藍川君をじとりと見上げる。
「じゃあ藍川君は、なし、でいいよね?」
「いや、食べるけど……」
芽依と石ちゃんが、お腹を抱えて笑い出す。
ゲラゲラ笑う二人に視線を向ける。
「葵、藍川君が泣きそうになってるから許してあげて」
「裕太にそんな顔させれるの葵ちゃんだけだよー」
「——うるさい……っ!」
そんな顔がどんな顔か気になり、視線を二人から藍川君に向けた途端、
——ぺちっ
「痛い……っ!」
藍川君にデコピンをされた。
相変わらず地味に痛くて、おでこを押さえながら藍川君を睨む。
「悪かったよ。かき氷、俺も食べさせて下さい」
気まずそうに謝る藍川君の様子に、子供時代の面影を見つけた気がして、可愛く見えて、思わず笑ってしまった。