二人乗りの帰り道〜田舎に住む女子高生は、うまく恋を始められない〜

18. 絡まる糸と解ける糸



「おおっ、旨いな……っ!」

 藍川君からの感動の声を聞きながら、初夏の風に吹かれて、縁側で食べるかき氷は最高に美味しい。
 黄色の花を満開に咲かせるモッコウバラを見ながら、梅シロップをかけたかき氷をスプーンで掬い、口にする。爽やかな甘さと冷たさが口に広がっていく。

「梅シロップかき氷美味しいでしょう。渡辺家は梅仕事が大好きなんだ。梅干しも毎年作ってて、美味しいんだよ」
「それも旨そうだな」

 芽依と石ちゃんは、かき氷を作るのも楽しいらしく二人で食べては作りを繰り返していて、今は二人で氷を山のように削って、盛り上がっている。

「なあ、大丈夫?」
「ん?」
「困ってるなら聞くから」

 藍川君の涼やかな瞳に真っ直ぐ見つめられるが、曖昧に濁すように微笑んで頷いた。

 ——ぺちっ

「痛っ……くない?」

 またデコピンをされ、反射的に痛いと言ったけど、手加減をされていたらしい。
 目の前の藍川君が、喉の奥でくつくつ笑っている。
 はじめての出来事に、目をぱちぱちと瞬かせ、首を傾げる。

「旨い飯食べさせて貰ったから、そのお礼。それに協力するって言っただろ」

 藍川君の瞳に、柔らかく見つめられる。
 それでも話していいのか悩んでしまい、視線を彷徨わせている内に、山盛りのかき氷の皿をほくほく顔で、芽依と石ちゃんが運んで来た。

「藍川君、抜け駆けはだめだよ……っ」
「そうそう、葵ちゃんの恋話はみんなで聞かないとね」

 二人がびしっと藍川君に指を突き付けると、藍川君が呆れた顔を隠そうともしない。
 私は三人共、私が恋で悩んでいると気付いていた事に驚いて、口をぽかんと開けていた。

「二人は、その情熱を勉強に向けた方がいいぞ」
「「それは無理!」」

 相変わらず息ぴったりの二人に、思わず笑い声をあげる。

「葵、顔に悩んでますって書いてあるから、話してよ」

 芽依が柔らかく微笑むので、目元に熱いものが浮かぶ。藍川君も石ちゃんも頷いていて、優しい友達の存在に胸の奥がほわりと温かくなる。

「——みんな、ありがとう」

 気持ちを落ち着ける為に、一度、深く息を吐いた。

「えっと、土曜日の午後にね、圭君と出掛けて、……好きって言われたんだけど、……圭君と『罰ゲームの告白』の健介君と幼馴染で、私の事を入学前から知ってたって言われたの」
 
 芽依の眉がきれいに寄せられる。

「えっ、それは……おめでとう、で合ってる? ん、挨拶、いや、相沢君は、葵のことを聞いてて近づいて来たってこと?」
「それが、……圭君が、健介君は『ずっと私のこと好きだった』って言ってたの。でも、私は『罰ゲームの告白』の話を自分で聞いたし……」

 石ちゃんが腕を組み、首を傾げる。

「そもそも、葵ちゃんの聞き間違いだったって事はないの? 顔は見てないんでしょう?」
「それは無い、かな。健介君以外の子は、もしかしたら違う人だったかもだけど……健介君は、名前も呼ばれてたから健介君だよ」

 私はゆっくりと首を横に振った。
 藍川君が、あのさ、と視線を私に向けた。

「罰ゲームの告白だったかは、今は関係ないよな? それに、相沢自身にマイナスな事を伝えたって事は、相沢の告白は本物だと思う。だから、渡辺さんが、相沢の事をどう思ってるか、が問題だと思うんだけど……」

 藍川君に言われて、目から鱗が落ちたみたい。
 目の前の景色が、ぱあっと明るくなった。

「罰ゲームの奴に未練はないんだろう?」

 私がこくんと頷いたのを確認すると、藍川君は口角をきれいに上げた。

「それで、相沢を好きなの?」
「ふえっ?」

 直球過ぎる質問に、変な声が飛び出る。
 藍川君も芽依も石ちゃんも、にやにやと見つめて来るので、視線が左右に揺れても誰かの顔と目が合ってしまう。
 熱い顔と身体から変な汗が吹き出す。

 圭君に『好きだよ』『茹でたこになる葵ちゃんも、笑ってる葵ちゃんも大好きだよ』と言われたことを思い出すと、心臓が煩いくらいに音を立てる。

 目を細めて笑う圭君も、優しい手で頭を撫でてくれる圭君も、思い出すと、胸がきゅう、と甘く切なく締め付けられる。

「——好き。圭君が好き、だよ……」

 口にすれば呆気ないくらい、胸にすとんと落ちる。
 圭君が好きなんだと言う気持ちが、じわじわと心から身体に染み渡っていくみたい。
 確認するように気持ちを言葉にすると、頬に熱が集まる。

 生温かい視線を三人から浴びたけど、恋心を自覚したので、頬はふにゃりと緩んでしまう。

「それで、葵は、相沢君に何て返事したの?」
「あ、えっと……何も返事してない、かも。どうして健介君のこと話したのって聞いちゃった……! ええっ! どうしよう?」

「「「…………っ!」」」

 三人が顔を見合わせる。
 私も、さあっと血の気が引いた。冷静になって振り返ると、告白をしてくれたのに返事もしないで、健介君の質問をしたなんて、最低過ぎる。
 それなのに、顔色が悪い私を気遣ってくれて、本当に優しいと思う。

「相沢君、絶対振られたと思ってると思うよ」
「だね……」

 息ぴったりの芽依と石ちゃんに言われ、目尻に涙が溢れそうになる。

「休み明けに、渡辺さんから話すべきだな。大切な人とは、話し合わないとすれ違ったままだからな」

 こくこくと頭を上下に動かす。藍川君の手がゆっくり近づいて来る。口元がきれいな弧を描く。

 ——ぺちっ

「——頑張れよ」

 おでこの痛みとは反対に、思いがけない程、優しい声色が心に響く。
 休み明けに、圭君と話し合おうと心に決めた。
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