二人乗りの帰り道〜田舎に住む女子高生は、うまく恋を始められない〜
20. 過去とベランダ
翌日も気持ちのいい青空が広がっていた。
学校の下駄箱で、圭君の靴を見つけて自然と頬が緩むと「あっ、早速惚気てる!」と芽依に揶揄われる。
早く圭君に会いたくて、足取りは軽く、教室の扉の前に立つ。
ゆっくりと扉を開けると、大好きな圭君の大好きな爽やかな笑顔を見つける。
「葵ちゃん、おはよう!」
「圭君、おはよう」
圭君と挨拶を交わすと、胸がとくん、と甘く震える。
「葵ちゃん、ベランダ行こっか」
「うん……っ」
いつもと同じようにベランダに出るのが、すごく嬉しい。
二人でベランダに並び、初夏らしい青空に連休の間に育った若葉を眺める。
視線を感じて、見上げると圭君と見合う。圭君が目を細めて柔らかく笑うと、胸の奥が、きゅう、と甘く甘く締め付けられる。
圭君の優しい手に、頭をぽんぽんと撫でられる。
「昨日は、あれから大変じゃなかった?」
「あっ、うん……花音達に、色々聞かれて、結構大変だったかも。圭君も?」
「俺もすっごい聞かれた!」
あの後は、蜂の巣を突いたみたいな騒ぎになってしまい、担任の久米先生が朝のHRに現れた時は、救世主かと思ったくらい。
久米先生にまで知られる羽目になったけど、原因は私のうっかりにあるので、圭君にも謝りたいなと思っていたのだ。
「あの、……本当にごめんね。圭君は、みんなが来るの教えてくれてたのに、私、自分のことばっかりで、全然気付かなくて……ごめんなさい」
圭君が、くすくすと笑うと、頭をぽんぽんと撫でる。
「俺としては、葵ちゃんに変な虫がつかなくて、よかったなと思ってるよ」
「ふえっ?」
「可愛すぎるから、俺は心配してるんだよ?」
驚き過ぎて、変な声が出てしまう。
圭君から見た私は、すごい美少女になっている気がして、思わず首を傾げてしまう。
可愛い、と言ってくれるのは、圭君と女友達だけなのにな。
「圭君は心配し過ぎだよ。可愛いって言ってくれるのは、圭君と花音達だけだよ?」
卑屈に聞こえないように、明るく事実を伝える。
以前は『罰ゲームの告白』で言われた言葉を思い出して、傷つく事もあったけれど、今は平気だなと気付いて、自分でも驚いた。
目の前の圭君が、目を丸くするので、どうしたのかな、と首を傾げてしまう。
「えっ?」
圭君の顔が困惑したように眉を下げる。
視線がしばらく宙を彷徨い、やっぱり困った顔のままの圭君と目が合う。
「——あのさ、葵ちゃん……昨日、健介のことで何か話そうとしなかった? 葵ちゃんの気持ちを聞いた後で、格好悪いんだけど、俺、すごい気になってて……」
今度は私の視線が宙を泳ぐ番になった。
圭君が健介君のことを知りたいのは当然だな、と思うし、昨日も話そうと思っていた。
気合いを入れる為に、ひとつ深呼吸をした後、圭君を見上げる。圭君が話を促すように、優しく頷いた。
「あのね、……健介君達が私に『罰ゲームの告白』をする話を立ち聞きしたことがあったの。だから圭君から健介君が『ずっと私を好きだった』って言われて、すごく驚いたって話そうと思ったの」
圭君の目がもう一度、まん丸になった。
私も圭君の話に驚いたけれど、圭君も私の話に驚いたみたいだった。
「葵ちゃん……それ、絶対に誤解だと思う!」
圭君がはっきり言うから、今度は私の目がまん丸になる。圭君が真面目な顔になると、真っ直ぐ見つめられる。
「もし、もしも健介が今でも葵ちゃんのことを好きだって聞いたら、どうする?」
「ふえっ?」
想像もした事のない質問に、変な声が出る。
健介君のにかっとした笑顔が頭に浮かぶけど、目の前の圭君にゆっくり頭を振った。
「想像も出来ない、が本音かな。——もし、もしも圭君の言葉通りだったとしても、やっぱり本人の口から聞いた言葉が、私にとっての真実だし……」
圭君が、そっか、と頷いた。
ぽんっと頭の上に優しく手を置かれ、ぽんぽんと撫でられる。
温かな体温がゆっくりと流れて来るみたいで、気持ち良さに猫みたいに目を細めてしまう。
「ねえ、葵ちゃん」
優しく呼ばれて圭君を見上げると、柔らかな甘い瞳と目が合った。
その甘い視線に見つめられると、胸が高鳴り、頬に熱が集まる。恥ずかしくて目を晒したいのに、ずっと見つめていたいような甘い瞳に捕らわれる。
「健介のこと、話してくれてありがとう」
「ううん、私こそ……圭君に心配かけて、ごめんね」
「葵ちゃんのことになると、俺、全然余裕なくて、格好悪いな……」
ぶんぶんと私は首を横に振る。
「圭君は、いつも格好いいよ! 爽やかだし、笑顔も見惚れちゃうし、頭撫でられると心臓が飛び出しそうだし、いつもいつだって圭君にドキドキしてるよ……っ」
落ち込んだように、しゅん、とした圭君に、元気を出して欲しくて、本音をそのまま早口で言ってしまうと、後から恥ずかしさが追いかけて来て、身体中を血が駆け巡っていく。
圭君が、ぽかんと口を開けていたのに、くすくすと笑いだして、両手でぽすっと頬を押さえる。
「茹でたこ葵ちゃん、可愛すぎる……っ!」
圭君はいつもの爽やか圭君に戻ると「そろそろ、教室戻ろっか?」と、真っ赤な茹でたこの私に話しかけた。