二人乗りの帰り道〜田舎に住む女子高生は、うまく恋を始められない〜
22. ひょうたん池と赤い屋根
「葵ちゃん、行こうか?」
爽やかな笑顔を浮かべる圭君の自転車に乗る。
二人乗りの自転車は、目も覚めるような瑞々しい緑の木々を通り抜けて走る。
午後の日差しが制服から伸びた腕に、じりじりと熱いけど、爽やかな風がその暑さをあっという間に攫って行く。
風の音が耳に心地よくて、圭君の体温や息づかいを感じると心臓が舞い上がって行くように、鼓動を速める。
本当に北丸公園に健介君は来るのかな?
もし来たら、どんな顔をして会えばいいのかな?
藍川君に『ピンチはチャンス』だと言われたけど、過去をリセット出来るってどういうことだろう?
昨日は家に帰っても、頭の中が洗濯機になったみたいにぐるぐる回っていた。
ぐるぐる思考が混ざった結果、ぐるぐる材料を混ぜるクッキーを作ることにした。
今思えば、なぜ、と思うけど、昨日の私はそれが名案だと思い、バターと砂糖、小麦粉をぐるぐる混ぜて行った。黙々と丸い型で抜いて、つまようじとスプーンを使ってスマイルの顔を作った。
鉄板に笑顔がずらりと並ぶのを見たら、自分でも思わず笑ってしまったので、結果オーライだと思う。
昨日のことを思い出していると、圭君の声が聞こえて、はっと我に返える。
「葵ちゃん、もうすぐ着くよ!」
「うん……っ!」
風の音に負けないように、少し大きな声で圭君に返事をする。多分、耳元で話せば小さな声で聞こえると思うけど、顔を近付けるのが恥ずかしくて、まだ出来そうにない。
北丸公園は、北高のすぐ近くにある大きな公園だ。
園内には、ひょうたん池を眺める東屋がいくつもあり、園内の雑木林をゆっくり散歩するための散策道が整備されている。春は桜、秋の紅葉が綺麗だと地元の有名な公園なのだ。
「赤い東屋に行こうか?」
「うん……いいよ」
北丸公園の東屋は、待ち合わせがしやすいように場所によって屋根の色が異なっている。赤い屋根の東屋は、北高に一番近い場所にある。
日差しが遮られた東屋の中に入ると、ほっと息をつく。ひょうたん池が見える位置に並んで座ると、風が通り抜けていく。
圭君の言葉数が減っているのも、表情が翳っていくのも、気付いてしまう。
「葵ちゃん、……もうすぐ健介が来るんだ。二人に色々誤解があるのを話し合いたいと思って、俺が呼んだんだ……」
「ふえっ?」
「驚かせて、ごめんね」
私の驚きは、藍川君の予言通りだったからだけど、圭君は健介君が来る事に驚いたと思い、申し訳なさそうに眉を下げている。
どうしていいか分からず、でも、圭君の顔が曇ったのが嫌だと思った。だけど、私が何も出来ないまま重たい空気が流れて、時間だけが過ぎていく。
「圭、……葵。久しぶりだな、元気してたか?」
北高の制服に身を包んだ健介君が東屋に入って来た。私が逃げて受験しなかった高校の制服を見て、ちくちく胸の奥が刺激される。会っていない期間は短い筈なのに、健介君は大人っぽく見えた。
健介君と目が合うと、ニカっと大きな口で笑いかけられる。
「健介君、……久しぶりだね。うん、元気だよ」
ニカっと大きな口で笑うところは変わらないままだけど、真っ直ぐその笑顔を見ることが出来なくて、視線を外す。
「圭、今日は呼んでくれて、ありがとうな」
「いや、俺こそ健介が来てくれてよかったよ」
健介君が、立ったまま圭君に話し掛けると、圭君が穏やかな声で応える。圭君が、どうして健介君を呼んだのか、どんな表情になっているのか、気になるのに怖くて顔が見れない。
健介君に、名前を呼ばれて顔を上げる。
「俺さ、葵が誤解してるって聞いたから、ちゃんと話したい。……出来れば二人で話したい。——葵、いい?」
健介君の視線が、射抜くみたいに鋭くて、身体が震えそうになり、くしゃりとスカートを握りしめる。
心臓が、どくどくと早鐘を打ち始め、変な汗が背中を伝う。
だけど藍川君に、健介君と二人にならないように、と言われたことが頭に浮かび、ぎゅっと手に力を入れた。
「健介、それは駄目」
私より先に圭君が、あっさり健介君に断った。私と話すより気さくな感じが、二人が仲の良い幼馴染なんだなと思わせる。
あれ、藍川君の予報と違うな、と首を傾げそうになる。
「ええっ? 圭……お前、俺に協力するって言ったよな?」
ぽかんと口を開けた健介君が、圭君に反射的に文句を言う。
健介君から出た言葉に、胸の奥が、ざらり、と撫でられたみたいに騒つく。
圭君が、葵ちゃん、と優しく私の顔を覗き込むと、あやすように頭をぽんぽんと叩いた。
「勿論、協力するよ。健介には葵ちゃんを諦めて貰おうと思って呼んだんだよ」
「へっ……?」
「ふえっ?」
私と健介君は、同時に間の抜けた声を漏らした。