二人乗りの帰り道〜田舎に住む女子高生は、うまく恋を始められない〜
23. 真相と結末
「えっ、ちょっと待って……圭と葵は付き合ってるの?」
呆気に取られたままの私と違い、健介君は復活した様子で、圭君に詰め寄る。圭君が名残惜しそうに、頭を撫で続けていて、私の頬は熱が集まってしまい健介君が目の前にいるので、とっても気まずい。
健介君に険悪な雰囲気が漂うのに、圭君はどこか飄々としている。
「まだ付き合ってないよ」
「へ? えっ、まだ? あ、葵も圭に、そんなのされていいの……?」
「ん? 葵ちゃん、嫌だった?」
「ふえっ?」
急に流れ弾に当たったみたいに、驚いて変な声を上げてしまう。
視線を左右に揺らしても圭君は、甘く目を細めたまま覗き込む。そんなの、は頭を撫でられていることだよね、と熱い顔で考える。圭君は、返事をしないと頭を撫で続ける手は止まらなそうだった。
両手で顔を覆いたくなる状況だけど、ピンチはチャンスだと藍川君に言われた言葉が頭に浮かぶ。
圭君に健介君を未練に思っていないことを示せるチャンスかも、と気合いを入れる。
「や、じゃない……ドキドキ、するけど、……好き、だよ……」
「「……っ!」」
勇気を出して答えたのに、沈黙が流れる。
圭君が、くすくす笑いだすと、健介君も毒気を抜かれたのか、深く息を吐いて、東屋のベンチに腰を下ろした
「はあ……、てっきり葵の誤解を解いて、俺と付き合う協力だと思ってたんだけど、違ったんだな。葵の誤解が解けないと圭が困るから、俺が呼ばれたってことだろ?」
「さすが、健介。半分は正解。残り半分は、健介がずっと知りたがっていた答えだよ」
健介君は納得した様子だけど、私は理解が出来なくて首を傾げた。
くるりと圭君の顔が振り向き、ゆっくり顔を近づけられる。顔がぶつかりそうな距離に、ふわりと石鹸の匂いが鼻を掠める。顔が、かあ、と熱くなり、ぎゅっと目を瞑ると、こつんとおでこが当たる感触がした。
「あ、お、い、ちゃん! 俺、傷ついたから、……だから覚悟して?」
圭君の発言に、さあ、と血の気が落ちる。
おでこを離そうと身を引こうとすると、圭君の片手が素早く伸び、後頭部を固定されて、動けない。
「——ごめんなさい……」
傷つけてしまったと思うと、申し訳なさで、熱いものが込み上げ、視界が滲む。
「あー、あのさ……イチャイチャするの、俺が帰ってからにしてくんない? って言うか、圭の言い方じゃ、葵が誤解してるだろ……」
ぐりぐりとおでこを擦り付けると、圭君がゆっくり離れていく。私の頬が燃えるように熱い。胸に手を当てると、心臓がばくばくと音を立てていて、治る気配がない。
「健介、葵ちゃんって、昔から素直に言葉を聞いてて、思ってることが顔に出るでしょう?」
「そうだな……ああ、そうか……俺がちゃんと変だって思った時に聞けば良かったんだな?」
「そう言うことだよ。いつだってすれ違いは、言葉が足りないって決まってるんだよ」
ちらりと圭君を見ると、圭君がすごく綺麗な微笑みを健介君に向けていて、私が知っている圭君とは別人みたいで、目をぱちぱちと瞬かせてしまった。
綺麗に微笑みを浮かべた圭君に見つめられる。
「葵ちゃん、俺が傷ついたのはね、俺の告白中に健介のことで上の空だった事と、幼馴染で親友の健介のことを酷い奴だって誤解してることだよ」
真っ直ぐに見つめられ、心臓が大きく、どきりと跳ねた。
「二人には、ちゃんと話してもらう。それで、健介は今日、葵ちゃんにきっちり振ってもらえ。葵ちゃんは、健介のことで傷つくのは今日で終わりにして欲しい」
圭君の言葉に、健介君が「俺は振られる前提なんだな」と唇を尖らせると、圭君が「当たり前だろ」と軽口を叩いていて、二人は仲が良いんだなと思わず笑ってしまうと、二人は私に向かって盛大なため息を吐いた。
「葵、中三の夏くらいに俺が何かした? 急に壁が出来たみたいになって、話し掛けても返事するだけで、愛想笑いばっかで辛かったんだけど」
健介君に切り出されたので、私も覚悟を決めて、健介君達の会話を立ち聞きしてしまったこと。そこで聞こえた内容を全て話して行った。
とりあえず告白や罰ゲームの告白のこと、西高の制服を私が着るのはヤバイと言っていたことなど、圭君には詳細に話していない内容もあったので、圭君も驚いたように目を丸くしていた。
「健介君達の話を立ち聞きしていたから、告白されても罰ゲームなのかな、と思ったの……」
全てを話し終えると、震える手に圭君の小指がするりと伸びて来て、私と圭君の小指を結ぶ。圭君の体温に励まされる。
「ああー! あの日が原因か……! 葵、それ誤解だわ!」
健介君の大きな声に、身体がびくっと跳ねる。
圭君が、やっぱりな、と呟いたのが耳に届く。
「葵、それ誤解! 本当、ごめん! 俺、本当に葵のこと今でも忘れられないくらい好きだ。誤解させたこと許して貰えるなら、今からだって付き合いたい。そんくらい、すげー好きなの」
そこから健介君の早口で捲し立てられた言葉に、衝撃を受けて、思考が追いつかない。
罰ゲームの告白は、私に振られるのが怖くて、罰ゲームという理由でもなければ、私に告白出来ないという意味だったこと。
西高の制服を着るのがヤバイは、私のことを可愛いと思っていて、可愛い西高の制服着たら、照れてまともに見れなそうでヤバイという意味だったらしい。
ぽかんと口を開けてしまうくらい驚いた。
同じ言葉なのに、健介君の話を聞いたら、私がずっと思っていた意味と反対の意味だった。
「葵ちゃん、誤解は解けた?」
圭君の優しい手が頭をぽんぽんと撫でる。
「健介君……、ごめんなさい。ずっと誤解してた」
「いや、俺もちゃんと話せば良かった……」
すうっと涼しい風が頬を撫でると、ひょうたん池の水面に風の模様を描く。
健介君の瞳が凪いでいる。きっと私の瞳も同じだ。
「なあ葵、あの時、立ち聞きしてなかったら、俺が告白した時に良い返事もらえた?」
これが最後だと分かった。健介君の最後の質問だ。
これが終わったら私達の絡まった糸は全部終わる。
「健介君は、太陽みたいに明るくて、ずっと憧れてたよ。初恋みたいに……ううん、健介君は、私の初恋だった。好きだったよ」
「そっか。うん、分かってたけど、葵の中では、もう過去形なんだな」
健介君が、ふう、と息を吐いて上を見る。
「葵、圭は俺の自慢の幼馴染で親友なんだから泣かせんなよ? ——じゃあな」
健介君が振り向かずに立ち去ると、圭君の手が私の手に重ねられる。熱い体温が私にゆっくり移動する。
圭君を見上げると、甘く見つめられていた。
「圭君、ありがとう」
心臓が、とくん、と音を立てた。
「——圭君、好き……」
「俺も好き。大好き。——葵ちゃん、俺と付き合って下さい」
こくんと頷くと、滲んだ視界の中で爽やかな笑顔を浮かべた圭君がいて、優しく頭をぽんぽんと撫でてくれる。
繋いだ手からお互いの好きが伝わるみたいな、幸せな時間がゆっくり流れていった。