二人乗りの帰り道〜田舎に住む女子高生は、うまく恋を始められない〜

5.たぬき駅長と木の葉の切符



「葵、そろそろ電車の時間じゃない?」
「えっ、もうそんな時間? 全然気付かなかったよ、花音ありがとう。じゃあ、また明日ね」
「うん、またね」

 机の上に広げていた宿題や辞書を手早く片付け、花音以外にも仲良くなったクラスの女の子達に手を振り、芽依の教室に向かった。

 電車の時刻は、帰りのHRが終わると同時に急いで駅に向かえば、ギリギリ乗ることが出来るけど、芽依と話して、一本遅らせることにしていた。
 進学校の宿題量が多くて、電車一本分では全然時間が足りなかった。

「ねえ芽依、もう一本電車遅らせて帰らない?」
「私も思ってた。あと三十分増えると全然違うよね」
「全部は絶対無理だけど、もうちょっとキリの良いところまで終わらせたいよね……」

 二人で桜並木を通り過ぎ、明日からもう一本遅い電車に乗ることに決め終わると、駅に着いた。

「あっ、石ちゃんと藍川君」

 芽依が二人組の男の子に話し掛けると、二人がこちらに振り向いた。
 
「芽依ちゃんもこの電車だったんだね」
「うん、そうだよ。宿題終わらないから、明日はもう一本遅くするつもりだけどね」
「そっか。——えっと……?」

 芽依と会話をしていた色白で柔和な男の子と目が合った。

「あっ、この子は、一組の葵だよ! 同じ中学だったんだ」
「はじめまして、渡辺葵です」
「葵ちゃんね。僕は、石山翔太。みんな石ちゃんって呼ぶかな」
「そうなんだ、石ちゃんよろしくね」

 フレンドリーな石ちゃんは感じが良くて、とても話しやすい人だな、と思った。
 横にいる人が藍川君だよね、と視線を向ける。

「どうも、藍川です」

 ぶっきらぼうに藍川君に挨拶される。

「あー、葵ちゃんごめんね。裕太は無愛想なんだよ、顔はみんなが羨むくらいイケメンなのに、勿体ないでしょ?」

 石ちゃんが可笑しそうに言うと、電車が到着した。
 ちらりと藍川君を見ると、好みかどうかは別にして、背が高くて、ワイルドとかクールな感じの格好いい顔立ちだな、と思った。

 藍川君は特に会話に加わることも無く、吊り革に捕まり窓の外を眺めている。私は、芽依と石ちゃんの三人で宿題や先生のたわいもない話をしていた。

「芽依ちゃんと葵ちゃんは、何駅で降りるの?」
「私は、本山駅だよ」
「じゃあ、芽依ちゃんは次の駅か。葵ちゃんは?」
「私はね、織姫駅だよ」

 私が答えた途端に、藍川君が鼻で笑った。
 藍川君を見上げると、口の端が少し上がっている。
 
「織姫駅って、たぬきしかいない駅だろ?」

 背の高い藍川君が見下ろすように私に言った。
 うわっ、感じ悪いな、と思っていると、芽依が宥めるように私の腕をぽんぽんと叩く。芽依は、藍川君に顔を向けた。

「藍川君、葵に言っちゃ駄目な話題だよ、それ」

 芽依が「葵、ほどほどにね?」と言いながら本山駅で降りていった。
 おろおろする石ちゃん、じとりと藍川君を見つめる私、にやりと笑った藍川君の三人が車内に残された。

「あの、葵ちゃん、裕太がごめんね」
「石ちゃんは悪くないよ」
「そうそう、たぬきの駅長がいるんだろ?」

 私は、はあ、と大袈裟にため息を吐いた。
 中学生の時も両隣の駅が最寄駅の男子達から何回も言われた台詞に飽き飽きする。

 このローカル線の無人駅は悲しいかな、織姫駅だけなのだ。たぬきをよく見かけることもあって、織姫駅は、たぬきが人間を化かすために出来た駅で、たぬき駅長が木の葉を切符に化かして、売っていると言われている。

「たぬきはいるけど、たぬきの駅長はいません。ただ、無人駅なだけだよ」
「何もないのは、一緒じゃん」
「違うよ? 織姫駅は、全国のかわいい駅の名前ランキング三位に入ってるんだよ。このローカル線の駅数は全部で十二駅だけど、織姫駅以外はかすりもしてないもん。すごいでしょ?」
「それ、凄いのか……?」
「じゃあ藍川君に問題です。全国の駅の数は、いくつあるでしょうか?」
「はっ?」
「正解は、全国にある駅の数は、約九千五百駅あります。織姫駅はその三位だよ。藍川君の最寄駅に、全国に三位になるものある?」

 真っ直ぐに藍川君を見つめて話した。
 こういうタイプは、怯むとつけ込むので、ハッタリでも何でも言い切った者が勝つのだ。
 勝てなくても、逃げる隙を生み出すのに、役に立つ。

「恵比川駅には、そういうのは無いな。だけど、コンビニあるし、普通に便利だな。あー、あと、このローカル線の始発と終点駅以外で、自動券売機が設置されてる駅は恵比川駅だけだな」

 ——自動券売機!

 これは盲点だった。
 両隣の駅には自動券売機はなかったから、思わず成る程な、と納得した顔をしてしまった。

 藍川君がにやりと唇の片端を上げたのが見える。

「全国有数の可愛い駅名で、たぬき駅長が木の葉切符を売っている駅ってことだな」

 にやにや見下ろす藍川君を、じとっと睨み返す。

「自動券売機はないけど、織姫駅はね、七夕の日だけ、木の葉が星の切符になるんだよ。あっ、いや、たぬき駅長はいないよ……でも、星の切符になるんだよ! あと織姫駅の回りの一番良いところは、コンビニはないけど、歩いて五分の所に、すっごく美味しい精肉店があるの! 一個五十円のコロッケが絶品で、注文すると一個から揚げてくれるよ。ささみカツも絶品だし、他の揚げ物も美味しいからコンビニはないけど、買い食いはちゃんと出来るんだよ!」

 前半は間違えたけど、言いたかった後半部分を早口で言い切ると、藍川君と石ちゃんがぽかんとした顔をしていた。
 織姫駅に到着したので、ここは何か言い返される前に、言い逃げドロンするに限る。
 やっぱり、逃げために役に立った。

「——二人共、じゃあね」

 電車の扉が閉まるのを確認して、ほっと長い息を吐いた。久しぶりにコロッケを買おうかな、と思いながら織姫駅を後にした。
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