二人乗りの帰り道〜田舎に住む女子高生は、うまく恋を始められない〜
7. コロッケとメンチカツ
「よお」
「葵ちゃん、勉強お疲れさま」
ここに居る筈のない人物が二人、織姫駅のベンチに座っていた。
「な、なんで、石ちゃんと藍川君がいるの……?」
不思議に思い、首を傾げて尋ねれば、藍川君が口の端を上げた。
「誰かさんが旨いコロッケ屋があるって叫んだから、食べに来たんだよ。ほら、渡辺さんも食べる?」
白い薄紙に挟んだコロッケを差し出され、反射的に受け取ってしまう。まだほんのりと温かいコロッケと藍川君の間を視線が彷徨うと、ぽんっと藍川君がベンチの横に手を置いた。
「とりあえず座れば?」
「えっ、あ、うん、そうだね……ありがとう」
藍川君の横にコロッケを持ったまま座る。昨日は結局食べずに帰ったコロッケが目の前にあり、揚げ物の香ばしい匂いが食欲を刺激する。
「早く食べないと冷めるよ」
「えっ? えっと、じゃあ、……いただきます」
藍川君に促され、ほんのり温かなコロッケを、さくりと齧る。揚げ衣のさくさくした歯触りのあとに、ほくほくのじゃがいもとほんのり甘い玉ねぎ、少し多めのひき肉の味がいつも通り絶妙だ。勉強で疲れた体に染み込む幸せを噛みしめる。
「——美味しいね?」
美味しいものは、人を幸せにするなと思い、藍川君と石ちゃんに笑顔を向ける。
藍川君が視線を逸らし、まあな、と頷くと、ささみカツに手を伸ばし、美味しそうに食べる様子を眺める。
二人がわざわざ途中下車をしてくれたのが嬉しくて、昨日の藍川君は嫌味な人だと思ったけど、案外良い人なのかもな、と頬を緩ませながらコロッケをもうひと口食べる。
コロッケを食べ終わると藍川君に、ほら、とささみカツも渡される。受け取るのを躊躇うと、石ちゃんがくつくつと笑い出す。
「葵ちゃん、それ、裕太なりのお詫びだから貰ってあげて」
「えっ、そうなの?」
藍川君に視線を向けると、さっと視線を逸らされる。逸らした顔の代わりに、無防備に晒された耳がほんのり赤いような気がして、クールと言われる藍川君がどんな表情をしているのだろう、と好奇心のまま藍川君の顔を覗き込もうと近づいた。
——ぺちっ
「痛っ……!」
おでこに鈍い痛みを感じる。
目の前の藍川君が口角を上げ、ささみカツを持たない手でデコピンの動きを繰り返しているのが、目に入った。藍川君にデコピンをされた痛みだと分かったが、おでこが地味に痛くて、目尻が潤む。じとりと見上げれば、ささみカツを、ぐいっと突き出される。
「それで、要るの要らないの、どっち?」
「要る……っ!」
慌ててささみカツを受け取ると、くくっと喉の奥で笑われた。
藍川君の優しさが分かりにくくて、私も何だか可笑しくなって笑ってしまう。
「藍川君、……ありがとう。石ちゃんも二人で織姫駅に途中下車してくれて嬉しかった」
さくさくの衣と柔らかい鶏肉のささみカツは、いくらでも食べられる美味しさで、幸せな味にあっという間に食べ終わる。
先に食べ終えていた藍川君が口を開いた。
「なあ、ここのメンチカツも旨いの? 今日は誰かさんのお勧めのコロッケとささみカツだけ買ったんだけど、俺、メンチカツ好きなんだよね」
「僕もメンチカツ気になってた! 精肉店のメンチカツ美味しそうだよね?」
「えっと、……メンチカツも美味しいって聞くよ?」
二人の質問に、分かりやすく視線が宙に泳ぐ。
「えっ、食べたことないの?」
「私、メンチカツが苦手なんだよね……」
石ちゃんが、そうなんだ、と頷いている。
藍川君が、急に真面目な顔になると、射るような視線を向けられる。
「——メンチカツが苦手なんて、人生損してるね」
藍川君は言いたい事を言って、すっきりした様子で涼しい顔をしている。
私は、メンチカツが苦手なだけで、私の人生を否定しなくてもいいのに、と口を尖らせてしまう。
「まあまあ、裕太もそこまで言わなくても良いじゃん」
「いや、メンチカツはおかず界の正義だろ?」
誰かな、この人の事をクールなイケメンって言った人……すっごくいい笑顔でメンチカツを語っているよ。生温かい目で藍川君を見ていると、目が合った。
「メンチカツの何が苦手なの?」
「えっと、メンチカツの食べた時に驚く感じ……かな?」
「ごめん、言ってる意味が分からないんだけど?」
藍川君は眉を寄せ、石ちゃんも困ったように眉を下げている。
「コロッケだと思って食べた途端に、肉汁が溢れるのに毎回驚くから……何かそれが苦手なの」
藍川君が眉を更に寄せ、目を瞑り、考える仕草を見せる。ぱっと目が開き、ああ、と納得した顔を見せたので、分かって貰えたみたいだと思って安心した途端に、爆弾発言を落とす。
「コロッケだと思って食べた途端に、かぼちゃコロッケだった時の絶望と同じか——それなら、何か分かるわ」
「いやいや、かぼちゃコロッケは嬉しいから絶望なんてしないよ!」
「はあ? メンチカツは肉だぞ、メンチカツの方が嬉しいだろ、普通! 大体、コロッケとメンチカツは、大きさや見た目が違うから食べる前に気付くだろ」
石ちゃんが肩を震わせ笑い始めた。
「「どっち派なの?」」
悔しいが藍川君とハモッてしまった。石ちゃんが声を上げて、げらげら笑っている。お腹を抱えてひとしきり笑い終えた後、真面目な顔になった。
「僕は、——カニクリームコロッケ派だよ」
石ちゃんの発言に、三人で思わず吹き出して笑ってしまった。