二人乗りの帰り道〜田舎に住む女子高生は、うまく恋を始められない〜
8.天の川と星屑
まもなく大型連休がやって来る。
風のない穏やかな陽気の中、織姫駅までの道のり、水張りを終えた田んぼを眺める。田植え前の田んぼには、空模様や若草色の風景が鏡みたいに映し出されている。
織姫駅に到着したら、英単語帳を開くのが日課になっている。少しずつだけど、進学校の授業の速さや宿題の量にも慣れて来たと思う。
まだ慣れないのは、圭君に会う朝の教室。
今日も今日とて、同じ電車の同じ車両で待ち合わせた芽依と挨拶を交わす。
「葵は、今日もデートなんだ?」
「もうっ、デートじゃないよ……っ」
「好意を寄せ合う男女が待ち合わせして、会うことがデートだよ! それに、その頑張った編み込みはなにかな?」
芽依が編み込みをした前髪が崩れないように、そっとヘアピンに触れる。
夜空の中に、煌めく星を閉じ込めたみたいで、私は気に入っていたけど、誰かに星屑みたいと冷たく言われ、仕舞っていた。
今日、編み込みを留めるヘアピンに、これを手に取った事に一番驚いたのは私自身だった。
「——変じゃないかな……?」
「すっごく可愛い! って言うか、葵はいつも可愛いよ!」
鼻息荒く褒めてくれる芽依に、苦笑いを浮かべる。優しい友達はいつも優しい言葉をくれる。
「ねえ葵、まだ……あの事、引きずってる?」
芽依に言われた、あの事は、私の黒歴史だ。
中学生の時に、初めてで唯一、告白された告白が『罰ゲーム』だったことだ。
隣の席の男の子は、まだ恋になる前の恋だった事と
、偶然だけど罰ゲームの告白であると、告白前に知ったことが、せめてもの救いだ。
芽依は、この事を知っているから、圭君が気になる、恋かも、と言った私を、自分の事みたいに喜んでくれている。
だけど、まだ圭君への恋心を素直に認めるのが怖い。まだ少し、このふわふわ浮いたみたいな、甘い甘い綿あめみたいな感覚に包まれていたいと思ってしまう。
「今は、このままでいたい、かな」
私が曖昧に微笑むと、芽依は何か言いたそうな顔をしたけど、芽依は視線を一度下に向けた後、そうだね、と頷いた。
◇ ◇ ◇
今日も朝の教室で圭君と一番に会う『また明日』の約束をしている。
圭君と会うのは、今も慣れなくて、心臓が飛び上がるほど嬉しい。下駄箱で、圭君の靴を見つけると、顔が緩むくらい嬉しくなってしまう。
今日みたいに圭君の靴がない日は、教室の扉を開ける音がするのを今か今かと待っている。こんな自分に一番自分が驚いている。
どうしようもなく惹かれる心に気付かない振りをする。
「葵ちゃん、おはよう」
扉が、ガラッと音を立てると、爽やかな甘い笑顔の圭君が顔を覗かせる。
圭君と目が合うだけで、心臓がどきりと大きく跳ねる。
「け、圭君、おはよう」
爽やかな笑顔に見惚れていたら、朝一番に噛んでしまった。恥ずかしくて、俯いた顔に熱が集まる。
くすりと笑う声が頭の上でしたと思ったら、優しい手で頭をぽんぽんと撫でられる。
「葵ちゃん、ベランダ行こっか?」
「うん……っ!」
毎朝、同じ会話を繰り返す。
朝の教室の澄んだ空気も、ベランダから見えるこの時期だけの若草色に染まる木々を二人で並んで眺める、二人だけのこの時間が愛おしい。
この時間をこのまま切り取って宝箱に仕舞うことが出来たらいいのにな。優しくて甘やかな時間。
爽やかな風が頬を撫でて行き、視線を感じて、顔を向けると、圭君と視線が絡む。圭君が、ふっと柔らかな笑みを浮かべる。
「葵ちゃん、可愛い」
「ふえっ?」
圭君の言葉はどきりとして、変な声が出てしまう。顔に熱が集まり、あわあわしてしまう。
伸びて来た優しい手が、前髪を留めているヘアピンに触れた。
「このヘアピンも髪の毛も可愛いね」
「へ、ヘアピン! う、うん! ありがとう……っ」
勘違いしたことに頬が熱くて、手のひらを当てて熱を逃がす。
圭君がヘアピンにそっと触れたまま、覗き込むように見つめている。
耳の横に留めたヘアピンを、じっと見つめる圭君の視線に焼かれるみたいに、じりじりと焦げたみたいに耳が痛い。数秒なのに永遠みたいに感じた後、
「天の河を掬ったみたいで、綺麗だね。可愛くて、葵ちゃんに似合ってる」
編み込みが崩れないように、優しく頭をぽんぽんと撫でられる。
圭君の言葉に、胸の奥にあった小さな棘が取れたみたいな感覚になる。
「圭君——ありがとう」
優しく朗らかに笑う圭君への恋心が溢れそうになってしまう。慌てて、ブレザーの裾をくしゃりと握り、圭君の瞳をじっと見つめて、感謝の言葉を紡いだ。