森の引きこもり魔法使いと惚れ薬
1婚約破棄と惚れ薬
「君との婚約を破棄させてくれ。真実の愛を見つけたんだ」
そう言い出したのはダグラス様。うつむき加減の整ったお顔にサラリとした金髪が陰を作る。
ここはお屋敷の庭園よ。いつものご訪問だと思って四阿にお茶を用意したら、この発言だもの。なんてことかしらね。
あ、ちなみに婚約破棄の相手は私じゃない。私のご主人のローズ様なの。
私リアは、たんなる小間使い。だからそばに控えているけど口出しはしないわ。問い返したのはお嬢さま本人だった。
「――ダグラス様? なんとおっしゃいまして?」
「すまないと思っている。だが他の女性を愛してしまったんだ」
ローズお嬢さまは蒼白になった。そりゃそうよね、家同士の約束で幼い頃から決まっていた婚約者の裏切宣言って。それにローズ様、実はダグラス様のこと愛しているし。なのに別の女を愛したとか言われてしまったら……ちょっとショックが大きいわ。
「正式に婚約の解消を申し出る前に、君に伝えなければと思ったんだ。親の決めたこととはいえ君とは良い関係だった。友人のように支え合える夫婦になれると考えていたから……今までありがとう、ローズには感謝しきれないよ」
ダグラス様は朗らかに笑う。
うわあ、この人空気読めないのかしら。ローズ様は本気で結婚を望んでたのに。そりゃまあグイグイいったりしなかったけど、それが淑女の振る舞いってものでしょう。
「そん、な――」
元(?)婚約者のあんまりな発言にローズ様は血の気を失い、そのままフラリと椅子から崩れ落ち――私は受けとめるべく駆け寄って、そのまま下敷きになったのだった。
* * *
「ねえリア。惚れ薬を手に入れてきてちょうだい」
「はい?」
目を覚ましたローズお嬢さまは、そばについていた私に向かってそんなことを言い出した。
あの、私あなたのクッションになったおかげで腰が痛いし脚も手もすりむいてるし、散々なんですけど。そのへんにお言葉とかないんですか。
私の微妙な反応にもローズ様は気づかないようで、ブツブツと言いつのる。
「ダグラス様が私から離れていくなんて思ってもいなかった。こうなったらその真実の愛とやらがもろいものだと証明しなきゃ」
「薬の力で、ですか」
「薬でもなんでも愛が揺らげばいいのよ! 契約をないがしろにするなんて馬鹿なことだと気づかせるの」
「はあ……」
それはまあ、そう。
正式に婚約破棄の申し入れなんてした日には、家同士の関係がたいそう険悪になること確定よ。私ごとき使用人の目から見ても、ダグラス様ったら一時の愛に酔って判断を誤っているとしか思えない。
「だからリア、ちょっと魔女の惚れ薬を買っていらっしゃい」
ずいぶん簡単に言われて私は目が点になった。主人の言葉ですし反論しづらいんだけど、ちょっと行ってこい、て。
……魔女さんってどこにいるのよ?
* * *
「――魔女の店って、こんな街の中にあるものなの!?」
私がお使いに出されたのは下町だった。お屋敷のある山の手から坂をおり、職人さんが多い地区。
教えられた通り行ってみると、威勢のいい槌音が聞こえた。鍛冶屋さんね。
その隣にちょこんと薬ビンの看板があって――ここだわ。こんな所の薬が効くの? なんかありがたみが少ないような気がするなあ。
「ごめん下さーい」
扉を開けてみると、小さな店の壁は一面が棚で、小箱だのビンだのが並んでいた。天井からは薬草か何かがたくさん逆さまにぶら下がっていて、いい匂い。
意外とおどろおどろしくなくて安心するけど、そこには誰もいなかった。
「はあい、何?」
すると横の扉から元気な女の人が顔を出してくれた。あれ、そっちって鍛冶屋さんのある方。
「あら可愛いお客さんね。見たところどっかの小間使いさんかな?」
「は、はい」
赤茶けた髪をゆるいお下げに編み、シンプルなお仕着せ姿の私。どう見てもどこかの使用人よね。
「お嬢さまから言いつかりまして」
「おや。無理難題じゃなきゃいいんだけど」
ちゃきちゃきと話すその女性はもしかすると隣の鍛冶屋のおかみさんかもしれない。普通の服に前掛けで、魔女には見えないんだもの。
「あのう、魔女さんというのは……」
「あたしは店番みたいなものよ。安心して、ここにある物のことならわかるから」
「そうなんですか」
じゃあこの人にお願いするしかないのかな。私はローズ様の要望を口にした。
「ええとですね、こちらで惚れ薬なんか扱ってますでしょうか」
「――ああ。そういう」
ふ、と吹き出しそうになった彼女の瞳に楽しそうな色が踊った。
「お嬢サマさあ、そんなものに頼っちゃう?」
「う。そうなんですけど、ちょっと婚約破棄されかかってて」
「ちょっと! されかかって!」
ケラケラと笑われた。仕方なく「真実の愛」について説明すると、お腹を抱えて笑ったまま強くうなずいてくれた。
「そりゃ相手の男がアホだわ。まあ事情はわかった、薬は出してあげる。だけどねえ……」
「はい」
「今ここにはないのよ。需要はそれなりにあるけど、そうそう処方してたら人間関係しっちゃかめっちゃかじゃない?」
ああうん、それもそうだわぁ。なんていうかキチンとした魔女なのね、この店。
「だからカウンセリングの後の受注生産ってことになってるの。悪いんだけど魔女のいる森まで取りに行ってちょうだい。アビーが許可したって言えばちゃんと作ってくれるから」
「森、ですか」
「そ。西の森。街からもすぐよ」
「はあ……」
――そんなわけで、私のお使いの目的地は変更になったのだった。
そう言い出したのはダグラス様。うつむき加減の整ったお顔にサラリとした金髪が陰を作る。
ここはお屋敷の庭園よ。いつものご訪問だと思って四阿にお茶を用意したら、この発言だもの。なんてことかしらね。
あ、ちなみに婚約破棄の相手は私じゃない。私のご主人のローズ様なの。
私リアは、たんなる小間使い。だからそばに控えているけど口出しはしないわ。問い返したのはお嬢さま本人だった。
「――ダグラス様? なんとおっしゃいまして?」
「すまないと思っている。だが他の女性を愛してしまったんだ」
ローズお嬢さまは蒼白になった。そりゃそうよね、家同士の約束で幼い頃から決まっていた婚約者の裏切宣言って。それにローズ様、実はダグラス様のこと愛しているし。なのに別の女を愛したとか言われてしまったら……ちょっとショックが大きいわ。
「正式に婚約の解消を申し出る前に、君に伝えなければと思ったんだ。親の決めたこととはいえ君とは良い関係だった。友人のように支え合える夫婦になれると考えていたから……今までありがとう、ローズには感謝しきれないよ」
ダグラス様は朗らかに笑う。
うわあ、この人空気読めないのかしら。ローズ様は本気で結婚を望んでたのに。そりゃまあグイグイいったりしなかったけど、それが淑女の振る舞いってものでしょう。
「そん、な――」
元(?)婚約者のあんまりな発言にローズ様は血の気を失い、そのままフラリと椅子から崩れ落ち――私は受けとめるべく駆け寄って、そのまま下敷きになったのだった。
* * *
「ねえリア。惚れ薬を手に入れてきてちょうだい」
「はい?」
目を覚ましたローズお嬢さまは、そばについていた私に向かってそんなことを言い出した。
あの、私あなたのクッションになったおかげで腰が痛いし脚も手もすりむいてるし、散々なんですけど。そのへんにお言葉とかないんですか。
私の微妙な反応にもローズ様は気づかないようで、ブツブツと言いつのる。
「ダグラス様が私から離れていくなんて思ってもいなかった。こうなったらその真実の愛とやらがもろいものだと証明しなきゃ」
「薬の力で、ですか」
「薬でもなんでも愛が揺らげばいいのよ! 契約をないがしろにするなんて馬鹿なことだと気づかせるの」
「はあ……」
それはまあ、そう。
正式に婚約破棄の申し入れなんてした日には、家同士の関係がたいそう険悪になること確定よ。私ごとき使用人の目から見ても、ダグラス様ったら一時の愛に酔って判断を誤っているとしか思えない。
「だからリア、ちょっと魔女の惚れ薬を買っていらっしゃい」
ずいぶん簡単に言われて私は目が点になった。主人の言葉ですし反論しづらいんだけど、ちょっと行ってこい、て。
……魔女さんってどこにいるのよ?
* * *
「――魔女の店って、こんな街の中にあるものなの!?」
私がお使いに出されたのは下町だった。お屋敷のある山の手から坂をおり、職人さんが多い地区。
教えられた通り行ってみると、威勢のいい槌音が聞こえた。鍛冶屋さんね。
その隣にちょこんと薬ビンの看板があって――ここだわ。こんな所の薬が効くの? なんかありがたみが少ないような気がするなあ。
「ごめん下さーい」
扉を開けてみると、小さな店の壁は一面が棚で、小箱だのビンだのが並んでいた。天井からは薬草か何かがたくさん逆さまにぶら下がっていて、いい匂い。
意外とおどろおどろしくなくて安心するけど、そこには誰もいなかった。
「はあい、何?」
すると横の扉から元気な女の人が顔を出してくれた。あれ、そっちって鍛冶屋さんのある方。
「あら可愛いお客さんね。見たところどっかの小間使いさんかな?」
「は、はい」
赤茶けた髪をゆるいお下げに編み、シンプルなお仕着せ姿の私。どう見てもどこかの使用人よね。
「お嬢さまから言いつかりまして」
「おや。無理難題じゃなきゃいいんだけど」
ちゃきちゃきと話すその女性はもしかすると隣の鍛冶屋のおかみさんかもしれない。普通の服に前掛けで、魔女には見えないんだもの。
「あのう、魔女さんというのは……」
「あたしは店番みたいなものよ。安心して、ここにある物のことならわかるから」
「そうなんですか」
じゃあこの人にお願いするしかないのかな。私はローズ様の要望を口にした。
「ええとですね、こちらで惚れ薬なんか扱ってますでしょうか」
「――ああ。そういう」
ふ、と吹き出しそうになった彼女の瞳に楽しそうな色が踊った。
「お嬢サマさあ、そんなものに頼っちゃう?」
「う。そうなんですけど、ちょっと婚約破棄されかかってて」
「ちょっと! されかかって!」
ケラケラと笑われた。仕方なく「真実の愛」について説明すると、お腹を抱えて笑ったまま強くうなずいてくれた。
「そりゃ相手の男がアホだわ。まあ事情はわかった、薬は出してあげる。だけどねえ……」
「はい」
「今ここにはないのよ。需要はそれなりにあるけど、そうそう処方してたら人間関係しっちゃかめっちゃかじゃない?」
ああうん、それもそうだわぁ。なんていうかキチンとした魔女なのね、この店。
「だからカウンセリングの後の受注生産ってことになってるの。悪いんだけど魔女のいる森まで取りに行ってちょうだい。アビーが許可したって言えばちゃんと作ってくれるから」
「森、ですか」
「そ。西の森。街からもすぐよ」
「はあ……」
――そんなわけで、私のお使いの目的地は変更になったのだった。
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