森の引きこもり魔法使いと惚れ薬
3魔法使いと涙
魔女さんは、男の人だった。クリスというそうだ。私より一つ年上の十八歳。もちろんクリス本人が名乗ってくれたわけじゃなく通訳頼みなんだけど。
魔女の正体を教えてくれたワンコな使い魔は、ジェームス・アロイス・ヒューバッハ十四世だって。そう名乗ったくせに「ジェムでいいぜ」と言われた。
「……クリスがしゃべらないのって、男だと知られたくないから?」
魔女の店として名が通ってるもんなあ。でもフードに隠れっぱなしのクリスは無言。仕方なくジェムが口を開いてくれた。
「いんや、ただの口下手。おいクリス、ちったあ話せ」
「……うるさい」
あ、初めての声。ぶっきらぼうだけど嫌な感じじゃなかった。私が微笑んだのを見てジェムがニヤリとする。
「こいつ引きこもりでね。人間に会うのは面倒だし魔法の研究だけしていたいからって、ここに住み着いてる」
「ずっと一人なの?」
「何年か前まではアビーもいたんだけどさ。クリスが一人でも暮らせそうになったし町に出たんだ。ブルーノと一緒になるっつって」
「ブルーノ?」
「隣。鍛冶屋だったろ?」
あら。アビーさんて本当に鍛冶屋のおかみさんだったのね。クリスとはどんな関係なんだろう。母親にしては若いし。
「……お、い」
クリスが声を発して私はニッコリ振り向いた。しゃべってくれるのがなんだか嬉しい。
「なあに?」
「……」
「自分で言ってくんねえかなぁ。注文の惚れ薬は〈男を女に惚れさせる〉やつか、てさ」
「あ、うん」
けっきょくジェムの通訳は必要みたい。ワンコと話すのも楽しいからいいけど、もう少し打ち解けてほしいわ。
男性用の薬だと確認したクリスは無言で棚や引き出しをゴソゴソし始めた。さっそく作ってくれるんだ。
取り出した薬の材料をひょいひょい並べるクリス。何も見ないでやっているけど、ぜんぶ頭に入っているってことか。すごーい。
机に置かれるのはキラキラ光る透明な液体やどろりと濁る緑の何か、木の根のような物、乾燥した花。どんな風に作るのかな。
「ねえこれ、鍋に突っ込んで火にかけてグルグルかきまぜたりするの?」
「……」
「魔女かよ! って魔女だったー!」
無言のクリスにかわってジェムがボケてくれた。でもクリスは別の棚を物色していて私なんか見もしない。手強い。
と思ったら小瓶を取り出したクリスが停止した。
「……」
開きかけた口が閉じる。惜っしい!
「だから! 材料が足りねえぐらい自分で言えよ!」
小瓶の中身はほぼ空だった。それぐらいも話せないのね。苦笑いでため息をついたらジェムがニヤァと笑った。
「ちょうどいいじゃねえか。リアに協力してもらおうぜ」
「え、何を?」
「足りねえ材料、リアから採る」
「と、採る!?」
なんか不穏よ。私、何をされるの?
ジェムはヒタ、ヒタと私に歩み寄った。いや、姿は小型犬だからね? こ、怖くなんかないもん!
「ちょーっと痛い目みてもらおうかなぁ?」
「……ジェム」
私を脅すような言い方に、クリスが冷たい声を出した。たしなめてくれるのかと思ったら。
「……ちゃんと泣かせるぞ」
「いや、ぜんぜん駄目じゃないの!」
私は悲鳴をあげた。やっぱり魔法使いなんて信用できないわ!
* * *
「……涙が必要なら、最初からそう言ってほしかったデス」
「クリスにそんなことできると思うかよ?」
「はい知ってます! 無理ですね!」
玉ねぎをみじん切りさせられながら、私はブツクサ言った。
新しい小瓶を構えて私が泣くのを待っているクリスは黙ったまま。ニヤニヤするジェムが教えてくれた。
「悪いな。あの瓶の中身、〈女性の涙〉の加工品なんだけど、いつもアビーからもらってたんだ。ウチ男所帯だから」
それはわかるんだけど、言葉が足りないって言ってんのよ!
話が通じなくて泣けてくるわ――と思ったら、あふれた涙をヒョイと小瓶に回収された。いきなり頬に触れたガラスに驚いて見上げたら、クリスとバッチリ目が合った。
――カッコいい。
私はうっかりそう思った。だって本当に顔立ちはととのってるんだもの。
フードに隠れず目がちゃんと見える。黒い瞳が真剣な顔で私の涙を見つめていて――ちょっと待って、この状況めちゃくちゃ恥ずかしいじゃないの!
うろたえてシパシパまばたきすると、涌いていた涙が一気に流れた。クリスは慌てて私の肩を押さえ、忙しなく涙をすくい採る。目の前に小瓶をかざして採取量を確認し考え込み――。
「もっと泣け、リア。これじゃ足りない」
ジェムのイケボで通訳された。
「い、いやあん!」
顔を真っ赤にしてしまった私は、それでも玉ねぎが目にしみるし肩をつかまれて逃げられないしで、また泣いてしまう。クリスは容赦なくそれを採取した。意外と鬼畜かもしれない。
涙を集め続け、小瓶の中身にうなずいたクリスはふと私に視線を落とした。
「ヒッ――!」
パッと手を離して跳びすさる。ちょっと「ヒッ」て何よ、失礼ね! ジェムがゲラゲラ笑い出した。
「仕事熱心にもほどがあるぜ。今さら照れんなよ」
見ればクリスは赤面を片腕で隠してうろたえていた。
――今までは材料の採取に夢中で気にしてなかったけど、女の子をポロポロ泣かして押さえつけていた自分の行為にやっと思い至ったと?
ほほう。
自覚しながらそうされていた私の立場にもなってほしかったわよ!
魔女の正体を教えてくれたワンコな使い魔は、ジェームス・アロイス・ヒューバッハ十四世だって。そう名乗ったくせに「ジェムでいいぜ」と言われた。
「……クリスがしゃべらないのって、男だと知られたくないから?」
魔女の店として名が通ってるもんなあ。でもフードに隠れっぱなしのクリスは無言。仕方なくジェムが口を開いてくれた。
「いんや、ただの口下手。おいクリス、ちったあ話せ」
「……うるさい」
あ、初めての声。ぶっきらぼうだけど嫌な感じじゃなかった。私が微笑んだのを見てジェムがニヤリとする。
「こいつ引きこもりでね。人間に会うのは面倒だし魔法の研究だけしていたいからって、ここに住み着いてる」
「ずっと一人なの?」
「何年か前まではアビーもいたんだけどさ。クリスが一人でも暮らせそうになったし町に出たんだ。ブルーノと一緒になるっつって」
「ブルーノ?」
「隣。鍛冶屋だったろ?」
あら。アビーさんて本当に鍛冶屋のおかみさんだったのね。クリスとはどんな関係なんだろう。母親にしては若いし。
「……お、い」
クリスが声を発して私はニッコリ振り向いた。しゃべってくれるのがなんだか嬉しい。
「なあに?」
「……」
「自分で言ってくんねえかなぁ。注文の惚れ薬は〈男を女に惚れさせる〉やつか、てさ」
「あ、うん」
けっきょくジェムの通訳は必要みたい。ワンコと話すのも楽しいからいいけど、もう少し打ち解けてほしいわ。
男性用の薬だと確認したクリスは無言で棚や引き出しをゴソゴソし始めた。さっそく作ってくれるんだ。
取り出した薬の材料をひょいひょい並べるクリス。何も見ないでやっているけど、ぜんぶ頭に入っているってことか。すごーい。
机に置かれるのはキラキラ光る透明な液体やどろりと濁る緑の何か、木の根のような物、乾燥した花。どんな風に作るのかな。
「ねえこれ、鍋に突っ込んで火にかけてグルグルかきまぜたりするの?」
「……」
「魔女かよ! って魔女だったー!」
無言のクリスにかわってジェムがボケてくれた。でもクリスは別の棚を物色していて私なんか見もしない。手強い。
と思ったら小瓶を取り出したクリスが停止した。
「……」
開きかけた口が閉じる。惜っしい!
「だから! 材料が足りねえぐらい自分で言えよ!」
小瓶の中身はほぼ空だった。それぐらいも話せないのね。苦笑いでため息をついたらジェムがニヤァと笑った。
「ちょうどいいじゃねえか。リアに協力してもらおうぜ」
「え、何を?」
「足りねえ材料、リアから採る」
「と、採る!?」
なんか不穏よ。私、何をされるの?
ジェムはヒタ、ヒタと私に歩み寄った。いや、姿は小型犬だからね? こ、怖くなんかないもん!
「ちょーっと痛い目みてもらおうかなぁ?」
「……ジェム」
私を脅すような言い方に、クリスが冷たい声を出した。たしなめてくれるのかと思ったら。
「……ちゃんと泣かせるぞ」
「いや、ぜんぜん駄目じゃないの!」
私は悲鳴をあげた。やっぱり魔法使いなんて信用できないわ!
* * *
「……涙が必要なら、最初からそう言ってほしかったデス」
「クリスにそんなことできると思うかよ?」
「はい知ってます! 無理ですね!」
玉ねぎをみじん切りさせられながら、私はブツクサ言った。
新しい小瓶を構えて私が泣くのを待っているクリスは黙ったまま。ニヤニヤするジェムが教えてくれた。
「悪いな。あの瓶の中身、〈女性の涙〉の加工品なんだけど、いつもアビーからもらってたんだ。ウチ男所帯だから」
それはわかるんだけど、言葉が足りないって言ってんのよ!
話が通じなくて泣けてくるわ――と思ったら、あふれた涙をヒョイと小瓶に回収された。いきなり頬に触れたガラスに驚いて見上げたら、クリスとバッチリ目が合った。
――カッコいい。
私はうっかりそう思った。だって本当に顔立ちはととのってるんだもの。
フードに隠れず目がちゃんと見える。黒い瞳が真剣な顔で私の涙を見つめていて――ちょっと待って、この状況めちゃくちゃ恥ずかしいじゃないの!
うろたえてシパシパまばたきすると、涌いていた涙が一気に流れた。クリスは慌てて私の肩を押さえ、忙しなく涙をすくい採る。目の前に小瓶をかざして採取量を確認し考え込み――。
「もっと泣け、リア。これじゃ足りない」
ジェムのイケボで通訳された。
「い、いやあん!」
顔を真っ赤にしてしまった私は、それでも玉ねぎが目にしみるし肩をつかまれて逃げられないしで、また泣いてしまう。クリスは容赦なくそれを採取した。意外と鬼畜かもしれない。
涙を集め続け、小瓶の中身にうなずいたクリスはふと私に視線を落とした。
「ヒッ――!」
パッと手を離して跳びすさる。ちょっと「ヒッ」て何よ、失礼ね! ジェムがゲラゲラ笑い出した。
「仕事熱心にもほどがあるぜ。今さら照れんなよ」
見ればクリスは赤面を片腕で隠してうろたえていた。
――今までは材料の採取に夢中で気にしてなかったけど、女の子をポロポロ泣かして押さえつけていた自分の行為にやっと思い至ったと?
ほほう。
自覚しながらそうされていた私の立場にもなってほしかったわよ!