森の引きこもり魔法使いと惚れ薬

6就職活動と恋心

 惚れ薬と中和薬を連続して食らったダグラス様はフラフラになって帰っていった。自分が何をしていたのか記憶はあるみたいで、青ざめていたのが申し訳ないわ。
 だけど私を口説いていた陳腐なセリフとキモい姿に幻滅し、ローズ様は「あんな人もういらない」と言い出した。婚約破棄は確定かもしれない。

 そして私は――。

「こんにちは、クリスとジェム!」

 ――魔女の家を訪ねている。

「リア? なんでここに? おいクリス、結界が仕事してねーぞ!」

 驚くジェムの頭をワシワシとなでてみた。やっぱり可愛いな。

「ほら、一度だけ来られるようにクリスがしてくれてたでしょ」
「あー、そうだった」

 薬を取りに来るために私につけた印。逆にクリスが出て来てくれたから、まだ私の上に残っていたの。そうかなと思って試してみたら、ちゃんとたどり着けてよかった。

 家の戸口に立った私は、奥から出てきたクリスに目をやった。前と変わらないマントとフード。
 これ、魔女の雰囲気を出すためとか、お客さまを怖がらせようとか、そんな意図で着ているんじゃないのよね。

 クリスは人見知りで照れ屋なだけ。いつもぶっきらぼうで不機嫌そうだけど、本当は優しくて繊細な人なんだ。自分を守るためのマントとフード。
 その中に私を入れてかばってくれて、すごく嬉しかった。
 だから。だからね。
 私にもクリスのために力になれること、ないかなあ、て。

「――私、お屋敷をクビになっちゃったの」
「はあ!? こないだのことで? リアは何も悪くないじゃねえか!」

 ジェムが鼻にシワを寄せて怒ってくれる。私は肩をすくめてみせた。

「私を見るとダグラス様のキモい口説き文句を思い出して吐きそうになるって、ローズ様が言うんだもん」
「……そ、そんなにヒドかったのか」

 クリスからじゃ詳しくは伝わらなかったのか、ジェムがドン引く。
 あれはねえ、私も思い出すと変な汗をかくわよ。

「退職金はいただいたからいいんだけど、この先が……クリス、責任取ってくれない?」
「え」

 さすがのクリスも声を上げた。私はニヤリとする。

「あの薬、最初に目にした女性に惚れるなんて聞いてなかったもの。クリスが口下手なせいで作戦失敗したんでしょ」
「あ……う……」

 そういうことだったらしい。あの場から逃げ出し、ゆっくりゆっくりクリスに話してもらって判明したの。
 クリスは落ち着かなげにフードを引き下ろして目を隠す。私はかまわず宣言した。

「だからね、クリスが人に慣れるように私が鍛えてあげる!」

 ビク、とクリスが震える。フードの下から上目遣いで私を見ているのがわかった。
 足元でジェムが怪訝そうにする。

「きたえる、て。どーすんだよ」
「別に。特別なことなんてしなくてもいいのよ。一緒に何かしていれば、少しずつ話せるようになるって」
「大ざっぱ!」
「クリスが細やかなぶん、私みたいのがいるとバランス取れるでしょ」
「いや……そうだけど、じゃあリアもここに住みたいってことか?」
「ダメ?」

 首をかしげておねだりしたら、クリスが後ずさってガタガタッと椅子を倒した。ジェムもわめく。

「そーゆーの、オジサンは感心しないぞ!」
「あら、あなた何歳なのよ。ジェームス・アロイス・ヒューバッハ十四世?」
「名前! 覚えてるし!」
「――嘘よ。住まなくてもいいの。だけど私が遊びに来たりするのを許してほしいな、て思って」

 私ははにかんで笑った。
 いやあ、いくらなんでも男性の家に押し掛け同居するつもりはないわよ。
 だけどこのまま会えなくなっちゃうのは嫌なんだもの。いつでもここに出入りできるよう、ずっと有効な印を私につけてほしい。

「街に住んで、仕事を見つけるから。私と友だちになってほしいの。お願い」

 クリスが原因なんだから責任を、と切り出してはみたものの。つまり、あれよ。
 ――そばに、いたいな。
 言いたいのは、それだけ。

「……アビー、が」

 うつむいたままでクリスがそう言った。
 え、クリスが自分からしゃべるなんて。私は静かに繰り返した。

「……アビーさん?」
「街の店」
「うん」
「手伝い」
「うん?」
「ほしい、て」

 ポツリポツリと口にするごとにクリスは顔を上げ、最後には私の目を見てくれていた。そのことに驚いて言われたことを理解できずにいたらジェムが叫ぶ。

「マジ!? おめでた!?」
「え?」
「アビーが妊娠したから向こうの店番やってくれる人を探してるんだってよ!」

 ――えええ!
 ジェムはそれをクリスの思考から直接読んだらしい。
 今の会話、クリスにしてはしゃべった方なんだけど惜しいわあ。内容は半分以下しか伝わってなかった。
 だけどだけど!

「それ、私やりたい!」
「もちろん。やってほしいからリアに言ったんだろうが。な、クリス!」

 高揚したジェムが先回りしてしゃべってしまったら、クリスはしっかりうなずいてくれた。

 私でいいの?
 街の魔女の店で働くのならクリスとも会えるよね?
 ここと往き来していいのよね?

 そんなことを思いながらクリスと見つめ合っていたら、ジェムがケッと毒づいた。

「――おまえら同類かよッ! 声に出せ!」

 言われて私は吹き出した。クリスも同時に微笑む。笑顔のクリスなんて初めてで目をまるくしたら、気づかれて恥ずかしそうにフードを下ろしてしまった。

 いつだってフードに隠れちゃうクリス。
 だけど本当はいろんなことを考えていて感じていて、私のために頑張ってくれたりもする素敵な人。
 これから、どうぞよろしくね。
 お仕事をして、たまには森を散歩して、私と過ごす時間をちょうだい。そして――。

 ――いつかまた、そのマントの中に抱きしめてくれないかなあ?



              おしまい
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