悪役令嬢に剣と花束を
屋敷の門を警備する見知らぬ顔の兵に事情を説明したら、前庭まで通されたが、そこで待機させられた。
「ご苦労、レイシア様は忙しい身なので私が話を聞こう」
初めて会う人物、トレンチノ伯の亡くなった奥方側の人間で他領に所属する男爵だが、伯爵の体調が良くないため、代理を務めているそうだ。
金貨10万枚相当──白金貨でちょうど1,000枚を渡すと男爵から信じられない言葉が出た。
「もう一度、トレンチノ領のために金を集めてきたまえ、そうだな……今度は金貨30万枚を持ってきたら正騎士へ戻してやろう」
そう言われ、屋敷の外へと追い出された。
「そこの兄ちゃん、ちょっとコッチへ来な」
トボトボと街の外へ向かって歩いていると、路地裏から声をかけられた。
「おっと、物盗りかじゃねえ、落ち着けよ」
あえてついて行った。男は剣に手をかけたボクをみて慌てて制止した。
「昔、殺りあった仲じゃねえか、勘弁してくれよ」
「……ボクはアンタなんて知らない」
「これでも?」
「──ッ!?」
男の首から顎にかけて親指をかけると、ズルりと皮がめくれて素顔が露わになった。
1年近く前にレイシアを攫った隣国の暗殺者……。
「それでボクに何の用?」
「なに、このトレンチノ領の行く末を教えてあげようと思ってね」
暗殺者の男がボクに告げたのは、領民による王国の離反、隣国による統治を望んでいるという事実を突きつけられた。
「そうなればレイシア嬢は確実に処刑されるだろう」
「──ッ!?」
彼女は今の劣悪な環境を作った諸悪の根源、まず真っ先に断罪される。それは知っているけど……。
「いつ反乱は起きるの?」
「早くて今日の夜」
くそっ早すぎる。──ボクにできることといえば彼女の心の救済ぐらいしか思い浮かばない。
男はボクの苦渋に歪める表情を見たいがためにこんなことを伝えに来たのだろうか。ニヤリと笑って、壁の端にある乱雑に積まれたガラクタの隙間に吸い込まれるように消えていった。