護国の聖女でしたが別人にされて追放されたので、隣国で第二の人生はじめます!
誰もが恐れている殿下の前、普通ならば緊張で声が詰まってしまうかもしれない。
けれど、いままで聖女として多くの人の前で歌ってきたエリアナは、こんな場面でも伸びやかな歌声が出せる。
透明な声が室内に響き、殿下もセブルスも目を閉じて聴き惚れている。
シュンッと現れた魔術師のトーイは殿下の姿を見て驚いた様子だが、エリアナの歌に静かに聴きいった。
「なんとも、あたたかく、心が穏やかになりますなぁ」
セブルスがしみじみとつぶやいた。
殿下は無言のままだ。
トーイは自分の手を見つめて握ったり開いたりしている。
「きみは死の森からきた侍女だろう」
「はい、城で雇っていただきましてありがとうございます」
「記憶を失っていると聞いていたが、歌は覚えているのだな?」
殿下の疑問にドキッとして、慌てて言い繕う。
「それが、少しだけ覚えていたことがありまして。それがこの歌で。だからこれしか歌えないんです」
「……」
殿下は無言だ。
エリアナを見るその目は、疑念を持っていることがありありと伝わってくる。無言の圧力がエリアナを襲うが、必死に微笑みを作った。
──お願い。これ以上、なにも聞かないで。
そんなエリアナの窮状を破るように、トーイがスゥと殿下に近づく。
「殿下、お呼びに従い、参上いたしました」
トーイが敬意を払い、殿下の意識が彼に向けられる。
追求から逃れられたと安堵するエリアナの視界に、突如、もふっとした黒いものが入った。
──えっ、もふっ? なにこれ、しっぽ?
見上げればエリアナの頭上で黒い獣がふよふよと浮かんでいた。全長二十センチほどの獅子のような姿。背に生えた小さな翼がぱたぱたと動いている。
それはふよふよと部屋の中を飛び回るけれど、誰も目で追うことがない。エリアナ以外には見えないようだった。
その小さな獅子はエリアナのもとに戻ってくると、赤い目をきゅるんとさせた。
──かわいい子! 精霊かしら?