護国の聖女でしたが別人にされて追放されたので、隣国で第二の人生はじめます!
にこっと挨拶をして友人たちから離れたイラーネは伯爵夫人のもとに行き、ホールの外へ誘った。
「どうしたのよ、イラーネ。今日はあなたが主役なのだからホールにいないとダメでしょう。ご令息のダンスの誘いも受けられないじゃない」
伯爵夫人がたしなめると、イラーネはドレスを掴んでいる手をわなわなと震わせた。
「ダンス……ご令息とのダンスなんて、今日はなんのメリットもありません……」
「なにをいっているの。積極的に人脈を広げなくちゃ。あなたの将来のためなのよ」
「だって! みんなあのピンク髪の治療師の話しかしないもの! わたくしのデビュタントですのに! まるで主役みたいに大きな顔をして! 貴族でもないあの女ばっかりが目立っていますわ!」
この日のために用意したドレスもアクセサリーも、全部かすんでしまったと悔しげに泣く。
「そうはいっても、殿下がお越しになっただけでも、あなたにとっては大変なプラスになるのよ」
二十四歳の大公殿下にとって、十六歳の令嬢では幼くてお相手になれないといってもプライドの高いイラーネは納得しない。
「嫌です。このまま終わるなんて許せません。お母さま、なんとかして殿下とダンスをさせて! ラストダンスはわたくしと殿下よ! 邪魔な治療師は、使用人に命じてどこかに閉じ込めてくださいな。お母さまならおできになるでしょう!?」
涙ながらのイラーネの訴えに、伯爵夫人はため息を吐く。
「わかったから、ホールに戻りなさい」
戻っていくイラーネの背中を見送り、伯爵夫人はさてどうしたものかと考えた。
娘とのダンスを実現させるには、大公殿下の心をイラーネに向ける必要がある。
ふと窓の向こうにピンク髪が見えた気がして確かめると、治療師がひとりで庭を眺めていた。
「あら、殿下はご一緒じゃないのかしら……」