護国の聖女でしたが別人にされて追放されたので、隣国で第二の人生はじめます!
溺愛している姿は見せかけの芝居だったのか。たとえ彼女が婚約者候補だとしてもただの治療師ならば、身分ではイラーネの方が上だろう。
イラーネに好意を向けさせてラストダンスを踊らせる。これを機に大公と親しくなってイラーネがアルディナル城に出入りできれば……。
「そうよ、うまくやれば伯爵家から大公妃が誕生する」
伯爵夫人はにやりと笑った。
休憩室そばで控えている使用人を見つけ、ずいぶん体格のいい使用人だと思いつつ、大公殿下の利用の有無を尋ねた。
「殿下はおひとりで休憩室をご利用中でございます」
伯爵夫人はニヤッとした。
事業に失敗して多額の借金を抱えてしまったが、伯爵と同様に大公を意のままにできれば補って余りある利益を得られる。
失いかけていた運が向いてきたのだ。
「そう、おひとりなのね。ゆっくりご休憩できるように、誰も近づけないでちょうだい」
「畏まりました」
体格のいい男性使用人はニッと笑った。
踵を返した伯爵夫人はふと足を止め、「そういえば」と振り返った。
「殿下のパートナーのお方がお庭にいらしたから、殿下とは別の部屋にお連れして。わたくしが命じるまで、彼女が部屋から出ないようにしてちょうだい」
体格のいい使用人は驚いた表情をしたものの、「承知しました」と請け負った。
これでうまくいく。
大公殿下さえ抑えれば、治療師などどうにもできる。追放することも、亡き者にすることも。
伯爵夫人は急いで自室に向かい、棚の奥から秘密の箱を取り出した。
鍵を開けてふと「雷撃の大公殿下が相手ならたくさん必要ね」とつぶやき、箱の中のものをつかみ取った。
懐に入れて急ぎ足で休憩室へと向かうその途中で、ちょこんと立っている小さな子を見つけた。五歳くらいの男の子である。
伯爵夫人の姿を見ると、ぱあっと笑顔になってテテテと走ってくる。可愛らしい子だ。