護国の聖女でしたが別人にされて追放されたので、隣国で第二の人生はじめます!
「まあ、こんなところでなにをしているの? ご両親はどうしたのかしら。おつきの人は?」
「僕、退屈だったから邸の中を冒険していたの。いろいろなお部屋を見て面白くて、そしたら、はぐれちゃって、入っちゃいけないお部屋に行っちゃったみたい」
容姿同様に可愛らしく一生懸命話をする。
令息が身に着けているものは高級なものばかりだ。伯爵家か侯爵家の子どもだろうが、該当する家はあったかしらと考える。
「それはいけないわね」
「うん。そしたらね、なかでお仕事してた立派なおじさんに、戻りなさいって叱られちゃったの」
令息の話を聞いている伯爵夫人の顔は目に見えて青ざめていった。
仕事だって?
「どこのお部屋だったか覚えてる? 叱ったのはどんな人だった?」
「えっと、向こうの、大きな机と本がいっぱいあるお部屋だよ。おじさんは僕の父上よりも、う~んとシワが多かったよ」
令息は無邪気だ。
「執務室だわ」
口の中でつぶやいた伯爵夫人はぎりっと歯を噛んだ。
まさか伯爵だろうか。そんなことはありえない。ありえないが、急いで確認する必要がある。
大公殿下のいる休憩室にもいかないといけないのに、とんだ事態だ。
通りがかった使用人に令息を預け、夫人は焦りながら階段を上った。
執務室の前では、寝室で伯爵の様子を看ているはずのメイドたちが困った顔で立っていた。
「あ、奥さま! 旦那さまが急にお仕事をなさると仰って、中に」
メイドはオドオドと話し、伯爵夫人は衝撃を隠せない。
「まさかほんとうに正気に戻ったというの? どういうこと? よりによって殿下がいらしているときに……」
帳簿を見られたら、借金も実家や愛人への送金も知られてしまう。
糾弾されたら伯爵夫人の座が危ういばかりか、大公に知られればイラーネが大公妃になる道は閉ざされるだろう。
せっかくのチャンスなのに、とギリギリと爪を噛んだ。