護国の聖女でしたが別人にされて追放されたので、隣国で第二の人生はじめます!
煙はもくもくと上がり、すべてが伯爵の体にまとわりつく。本来ならば一本で十分なところを十本使用しているのだ。効果は絶大である。
清廉潔白な伯爵家ではこれが呪物だと知る由もない。実際ずっと使用し続けていたというのに、誰も怪しまずにまったくばれなかったのだから。
「まったく、チョロいですこと」
一年ほど前、名ばかり子爵だった夫と死に別れた夫人は、お金の工面をするため町に出かけたときに異国から来たという呪術師に会った。
『そこの疲れた顔のご夫人、人を意のままにできる呪物があります。恋も仕事も思いのまま。いかがです?』
道で声をかけられて見るからに怪しいと感じたが、使用者は影響を受けずに対象者だけを術に落とせると聞き、高額だったけれど購入を決めた。
貧しい現状を変えるためなら、なんにでも縋りつく状態だった。
そのあと後妻を探しているというコール伯爵のうわさを聞きつけ、呪物を試したところあっさりと後妻に収まることができた。そんな効果を目の当たりにすれば、欲が出るのは当然だろう。
ニヤニヤ眺めていると、煙がふっと消えた。お香の火が消えたらしいが、伯爵はすでに虚ろだ。
「コール伯爵、寝室に戻ったら遺書を書いて。夜中にテラスから飛び降りなさい」
伯爵がふらっと立ち上がった。
「いいこと? 必ず、夜中に飛び降りてちょうだい。今はイラーネのデビュタント。このあと大公殿下とラストダンスするの。伯爵家から大公妃が誕生するわ。よろこんで飛び降りなさい」
虚ろな目をした伯爵がこくんと頷いた。
これで夫人は夫を失った悲劇の伯爵夫人となり、社交界でも大公殿下にも同情されるだろう。
ふらふらと歩く伯爵が、いきなりガシッと夫人の腕をつかんだ。
鋭い眼光が夫人に向けられ、夫人の顔が恐怖にゆがむ。
「ひぃっ」
「イラーネは殿下とは踊れない。残念だったな」
「……どうして」