早河シリーズ第六幕【砂時計】
早河は兄の元婚約者の恵や両親にさえ、彼への恋心を隠さなければいけない相手だ。もし恵や両親に早河への恋心を知られてしまえば軽蔑される?
恵や両親に嫌われるのが怖い? 早河に嫌われるのが怖い?
恵や両親に対して後ろめたい? ……違う。
早河を好きになった“香道なぎさ”を軽蔑しているのは他ならぬなぎさ自身だ。彼女自身が自分に対して後ろめたさを感じている。
ただ恋をしただけなのに、また2年前の不倫と同じ、後ろめたい、人に言えない恋をしてしまった。
あんなに苦しい恋は二度としないと誓ったのに、また好きになって苦しい人を選んでしまった。
レストランを出た二人は地下鉄の六本木駅を目指した。六本木通りと外苑東通りが交わる交差点で信号待ちをしていたなぎさは、六本木通りを行き交う車の群れの向こう側に、小さな人影を見つけた。
人影のシルエット、佇まい、街の雑踏でも目立つ異質な雰囲気をなぎさはよく知っている。
『香道さん、どうしたの? 信号、青だよ』
信号が青になってもなぎさはその場を動けなかった。なぎさと金子の横を誰もが無関心に通り過ぎる。
信号を渡ってこちらにやって来る“彼”の隣にはミニスカートを履いた若い女が彼と腕を絡ませていた。
人混みの中、少しずつ大きくなる男女の姿。間違いない。あの男は早河だ。
早河もなぎさに気付いたようで、彼女を見た後に視線を外した。六本木は夜でも明るい。その明るさが相手の顔を鮮明にさせる。
人混みの中で早河となぎさ、金子の視線が絡み合う。何も気付かない若い女だけが視線の糸の外側にいた。
一歩、二歩、三歩、なぎさと金子の目の前まで来た早河はなぎさの顔を見ずに二人の横を素通りした。
また信号が赤になる。彼が去った方向を振り返っても人で賑わう繁華街に早河と女の姿は飲み込まれて見えなくなっていた。
『……今すれ違ったあの男、彼氏?』
「違います。探偵事務所の……上司です」
再び青になった信号を渡って二人は外苑東通りに入った。
『彼氏じゃないなら、どうして上司が女と歩いてるところ見てそんなに悲しそうな顔してるの?』
「悲しそうな顔……してました?」
なぎさは溢れる涙を堪えて無理やり微笑む。
傷付く姿を必死で隠して心の本音を必死で覆う。上手く隠さなくちゃ、上手く誤魔化さなくちゃ。
この恋心は誰にも知られてはいけないから。
『してたよ。隠したって無駄。あの男のことが好きなんだろう?』
それでもあなたは隠させてもくれない。必死で隠しているのに、あなたは騙されてくれない。
恵や両親に嫌われるのが怖い? 早河に嫌われるのが怖い?
恵や両親に対して後ろめたい? ……違う。
早河を好きになった“香道なぎさ”を軽蔑しているのは他ならぬなぎさ自身だ。彼女自身が自分に対して後ろめたさを感じている。
ただ恋をしただけなのに、また2年前の不倫と同じ、後ろめたい、人に言えない恋をしてしまった。
あんなに苦しい恋は二度としないと誓ったのに、また好きになって苦しい人を選んでしまった。
レストランを出た二人は地下鉄の六本木駅を目指した。六本木通りと外苑東通りが交わる交差点で信号待ちをしていたなぎさは、六本木通りを行き交う車の群れの向こう側に、小さな人影を見つけた。
人影のシルエット、佇まい、街の雑踏でも目立つ異質な雰囲気をなぎさはよく知っている。
『香道さん、どうしたの? 信号、青だよ』
信号が青になってもなぎさはその場を動けなかった。なぎさと金子の横を誰もが無関心に通り過ぎる。
信号を渡ってこちらにやって来る“彼”の隣にはミニスカートを履いた若い女が彼と腕を絡ませていた。
人混みの中、少しずつ大きくなる男女の姿。間違いない。あの男は早河だ。
早河もなぎさに気付いたようで、彼女を見た後に視線を外した。六本木は夜でも明るい。その明るさが相手の顔を鮮明にさせる。
人混みの中で早河となぎさ、金子の視線が絡み合う。何も気付かない若い女だけが視線の糸の外側にいた。
一歩、二歩、三歩、なぎさと金子の目の前まで来た早河はなぎさの顔を見ずに二人の横を素通りした。
また信号が赤になる。彼が去った方向を振り返っても人で賑わう繁華街に早河と女の姿は飲み込まれて見えなくなっていた。
『……今すれ違ったあの男、彼氏?』
「違います。探偵事務所の……上司です」
再び青になった信号を渡って二人は外苑東通りに入った。
『彼氏じゃないなら、どうして上司が女と歩いてるところ見てそんなに悲しそうな顔してるの?』
「悲しそうな顔……してました?」
なぎさは溢れる涙を堪えて無理やり微笑む。
傷付く姿を必死で隠して心の本音を必死で覆う。上手く隠さなくちゃ、上手く誤魔化さなくちゃ。
この恋心は誰にも知られてはいけないから。
『してたよ。隠したって無駄。あの男のことが好きなんだろう?』
それでもあなたは隠させてもくれない。必死で隠しているのに、あなたは騙されてくれない。