早河シリーズ第六幕【砂時計】
 大江戸線の六本木駅の出口が見えた。駅の背後には東京ミッドタウンの巨大なビルがそびえている。
信号を渡り、二人は駅の手前で立ち止まった。

「こんなに苦しいなら好きにならなければよかった……」

 秋から冬に季節は移り変わり、いつの間にか冷気を含んだ11月の夜風がなぎさの髪をふわりと揺らす。
金子がなぎさを自分の胸元に力強く沈めた。金子を拒むことも今のなぎさはできずにいる。

 早河とあの女の関係はおそらくビジネス。なぎさの顔を見ても知らぬフリをしていたのが仕事中の証拠だ。
わかっている。わかっているのに、傷付いている。

 早河は仕事のためならどこまでするのだろう。情報を引き出すためなら愛してもいない女に触れて、愛してもいない女に偽りの愛を囁くのだろうか?

あの後二人はどこに消えた? 彼とあの子は今頃なにをしているの?

 押し付けられた胸から、身体を包む腕から、金子の温もりを感じた。金子の温もりと香りは早河とは違うもの。

『俺は香道さんが好きだよ』
「……ごめんなさい。私……好きな人がいるんです。金子さんの気持ちには応えられません。ごめんなさい……」

泣いているなぎさの声は湿っぽくかすれていた。震える手で金子の胸元を押して彼から離れる。金子の顔を見上げると彼は優しい顔で苦笑いしていた。

『香道さんの気持ちはわかってたよ。わかってたけど告白したんだ。だから気にしないで』

 どこかで誰かの笑い声が響いている。

 アメリカのコーヒーチェーン店のロゴの入るカップコーヒーを片手にミッドタウン方向から歩いてくる若者、疲れた顔のサラリーマン、異国の言葉を話す外国人観光客、ファーのジャケットで着飾った女性の小気味良いブーツの足音。

 夜の六本木は泣く者と笑う者が混在する、混沌とした街だった。
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