早河シリーズ第六幕【砂時計】
ライターの仕事に支障が出るからと徹夜の仕事もさせてもらえない。
助手とは名ばかりで、本当に助手らしい仕事はもうひとりの早河のビジネスパートナーである矢野一輝が請け負う場合が多かった。
押し掛け同然で雇われた身だ。早河が自分を必要としていないことは承知していた。それでも少しは彼の役に立っていると思っていたのも、ただの自惚れだったようだ。
「私は足手まといなんですか?」
『そうは言っていない。なぎさが雑用をしてくれて助かってはいる』
「……そっか。雑用なら私以外でも誰でもいいですよね。助手が私じゃなくちゃダメってことはないですものね。昨日の……あの女の子でもいいんですよね」
『お前何言って……ああ、昨日のってあれか、六本木で香澄と一緒にいた時のこと言ってるのか』
“カスミ” なぎさの知らない名前だった。知らない女の名前を呼び捨てにする早河に苛立った。
なぎさは先ほどクリーニングに受け取りに行った早河のスーツに目をやる。彼のスーツはビニールがかけられて事務所のハンガーラックに吊るされていた。
「最近、所長の服から女物の香水の匂いがしたのも“そういうこと”だったんですね」
『はぁ? さっきから何言ってるんだ?』
「仕事とか言って本当は女の子と遊んでいたんじゃないんですか? 昨日だって……!」
声を大きくするなぎさとは対照的に早河はこめかみを押さえて目を閉じた。
『話の論点がズレてるぞ。今はそんな話はしていない。それに、俺が女と会うのは情報収集目的。俺と仕事してきてるならそれくらいわかってるだろ』
わかっている。キャバクラやクラブらしき店の名前が記された領収書もたまに見かける。
早河が夜の街の飲み屋に行くのはそこに調査対象者や情報提供者がいるからだ。
(でも嫌なの。私以外の女の子が所長に触れるのが嫌……私以外の女の子に優しくするのが嫌……)
仕事とプライベートの区別もつけられない、社会人失格だ。
「私はキャバクラの女の子達みたいに情報収集はできないし、矢野さんのようなハッキングやピッキングの能力もない、刑事じゃないから真紀さんみたいに拳銃も撃てないし格闘もできない。そうですね。私に出来ることは書類整理やお茶汲みだけですよね」
なぎさの肩が小刻みに震える。早河は無言で彼女を見据えた。
「だけど雑用しか出来なくても、ほんの少しは役に立てているのかなって思っていたんです。カオスを追うのも兄のことだけじゃなくて、今は莉央がいるから……」
『この先、寺沢莉央を追い続けていても辛くなるだけだ。前に俺はお前が寺沢莉央を止めればいいと言ったが、彼女が逮捕される瞬間を見ていられるか? なぎさがこれ以上、傷付く必要はない』
「それでも私は……莉央を止めて、兄を殺した貴嶋を所長と一緒に追いたいんです」
『駄目だ』
早河が即答した。泣くのを堪えていたなぎさの目からついに涙が溢れる。
「どうして?」
『危険過ぎる。貴嶋を甘くみるなよ。あの男は平気でお前を殺そうとするだろう。なぎさを危険な目に遭わせるわけにはいかない』
「助手なのに、ですか?」
『そうだ』
涙を流すなぎさとポーカーフェイスを崩さない早河が睨み合う。
助手とは名ばかりで、本当に助手らしい仕事はもうひとりの早河のビジネスパートナーである矢野一輝が請け負う場合が多かった。
押し掛け同然で雇われた身だ。早河が自分を必要としていないことは承知していた。それでも少しは彼の役に立っていると思っていたのも、ただの自惚れだったようだ。
「私は足手まといなんですか?」
『そうは言っていない。なぎさが雑用をしてくれて助かってはいる』
「……そっか。雑用なら私以外でも誰でもいいですよね。助手が私じゃなくちゃダメってことはないですものね。昨日の……あの女の子でもいいんですよね」
『お前何言って……ああ、昨日のってあれか、六本木で香澄と一緒にいた時のこと言ってるのか』
“カスミ” なぎさの知らない名前だった。知らない女の名前を呼び捨てにする早河に苛立った。
なぎさは先ほどクリーニングに受け取りに行った早河のスーツに目をやる。彼のスーツはビニールがかけられて事務所のハンガーラックに吊るされていた。
「最近、所長の服から女物の香水の匂いがしたのも“そういうこと”だったんですね」
『はぁ? さっきから何言ってるんだ?』
「仕事とか言って本当は女の子と遊んでいたんじゃないんですか? 昨日だって……!」
声を大きくするなぎさとは対照的に早河はこめかみを押さえて目を閉じた。
『話の論点がズレてるぞ。今はそんな話はしていない。それに、俺が女と会うのは情報収集目的。俺と仕事してきてるならそれくらいわかってるだろ』
わかっている。キャバクラやクラブらしき店の名前が記された領収書もたまに見かける。
早河が夜の街の飲み屋に行くのはそこに調査対象者や情報提供者がいるからだ。
(でも嫌なの。私以外の女の子が所長に触れるのが嫌……私以外の女の子に優しくするのが嫌……)
仕事とプライベートの区別もつけられない、社会人失格だ。
「私はキャバクラの女の子達みたいに情報収集はできないし、矢野さんのようなハッキングやピッキングの能力もない、刑事じゃないから真紀さんみたいに拳銃も撃てないし格闘もできない。そうですね。私に出来ることは書類整理やお茶汲みだけですよね」
なぎさの肩が小刻みに震える。早河は無言で彼女を見据えた。
「だけど雑用しか出来なくても、ほんの少しは役に立てているのかなって思っていたんです。カオスを追うのも兄のことだけじゃなくて、今は莉央がいるから……」
『この先、寺沢莉央を追い続けていても辛くなるだけだ。前に俺はお前が寺沢莉央を止めればいいと言ったが、彼女が逮捕される瞬間を見ていられるか? なぎさがこれ以上、傷付く必要はない』
「それでも私は……莉央を止めて、兄を殺した貴嶋を所長と一緒に追いたいんです」
『駄目だ』
早河が即答した。泣くのを堪えていたなぎさの目からついに涙が溢れる。
「どうして?」
『危険過ぎる。貴嶋を甘くみるなよ。あの男は平気でお前を殺そうとするだろう。なぎさを危険な目に遭わせるわけにはいかない』
「助手なのに、ですか?」
『そうだ』
涙を流すなぎさとポーカーフェイスを崩さない早河が睨み合う。