早河シリーズ第六幕【砂時計】
「私が香道秋彦の妹だから? だから危険な目には遭わせられないってことですか?」

早河が押し黙る。なぎさは肩で大きく息をした。

「否定しないんですね」
『俺はなぎさのご両親からお前を預かってる立場だ。何かあればご両親や、香道さんに申し訳ないとは思ってる』
「私じゃなくて他の子ならいいの? 他の女の子なら所長の役に立てるんですね」
『だから……なんでそこで他の女の話になる? 話が通じなくて面倒くせぇな。他の女言うけど、じゃあお前はどうなんだよ』

 苛立ちの舌打ちをして彼は立ち上がった。

『昨日一緒にいた男、誰だ?』
「……出版社の人です」
『へぇ。ただの仕事関係の奴と六本木で飲んでたんだな』
「仕事の打ち合わせの後に食事に行っただけです。昨日の人とは多少はプライベートでも親しくしていますけど……」
『多少ね。どこまで“親しく”してたんだか』

早河の蔑むような言い方と視線が頭にきた。

「何ですかその言い方っ」
『お前には探偵の助手よりも物書きの仕事の方が合ってるって言ってんだよ。出版社で働いて仕事終わりに男と飯行って、そういう普通の女の生活の方が合ってるんだよ』
「私の人生を所長が決めつけないでください!」
『戻れよ。俺の助手なんか辞めて、普通の女に。これまでずっとそうだったんだから簡単な話だろ?』

 こちらに背を向ける早河の背中がとても遠く感じた。彼が手の届かない場所まで離れてしまう気がした。

「私は必要ないって……そういうことですか?」

無言の背中に問いかけても彼は答えてくれない。

「わかりました。助手なんて別に私じゃなくてもいいですよね」

 大粒の涙を手で拭い、デスクの整理を始める。とりあえずデスクの上の私物を入るだけバッグに詰めた。

「今日で辞めさせていただきます。残っている荷物はまた取りに来ます。……今までお世話になりました」

早河の背中に向けて彼女は頭を下げる。彼は視線だけをなぎさに向けた。

「……さようなら」

 頬を流れる涙を拭うのも忘れて彼女は精一杯の笑顔を作る。最後のお別れは笑顔で言いたい。だから、笑うんだ。

 数秒の視線の交わりの中に込めた想いにも彼は気付かない。“好きです”と最後まで言えないまま、香道なぎさは早河の側を離れた。
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