早河シリーズ第六幕【砂時計】
 事務所の扉が閉まり、階段を降りる足音が少しずつ小さくなっていく。早河は溜息をついてリクライニングチェアーに身体を預けた。

『なんだよ……なんであんなに泣いてるんだよ』

 彼はデスクの一番下の大きな引き出しを開けて乱雑に雑誌の束を掴んだ。カラフルなポストイットが幾つか貼られた雑誌には、なぎさがライターとして書いた記事が掲載されている。

 なぎさには内緒で彼女のライターとしての仕事の情報は矢野経由で把握していた。なぎさがどんな雑誌でどんな記事を書いてきたのか、彼女を助手として雇ってからずっと見てきたつもりだ。

ライターの仕事や文章の出来など早河にはわからないが、早河はなぎさの書く文章が好きだった。彼女の人柄が溢れる文章を読む一時が楽しかった。
いつしか、なぎさにライターとしての仕事に集中させてやりたいと思うようになった。

 助手を解任した理由はそれだけではない。
なぎさを雇った時からいつかは彼女を自分のいる世界から引き離さなければいけないと思っていた。

 彼女は兄をカオスのキングの貴嶋に殺され、友人だった寺沢莉央はカオスのクイーン。カオスとの戦いの当事者のなぎさにカオスに関わるなと言うのは無理な話だろう。

しかしなぎさは自分とは違う。根本的に自分となぎさとでは住む世界が違うと彼は常々感じていた。

『何も泣くことねぇだろ……。そんなに助手を辞めたくなかったのか?』

 なぎさの涙の本当の理由を早河は知らない。でもこれ以上、彼女を血なまぐさい世界に居させてはいけない。
彼女を守るために……手離した。

 これでいい、そう思っていたはずなのに、舌打ちの後に漏れるのは弱々しい溜息ばかり。
どうしてこんなに心が切なくなるのか今の早河にはまだ、わからなかった。
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