早河シリーズ第六幕【砂時計】
綺麗に磨かれた板張りの階段を佐藤瞬は一段ずつ上る。
緩やかにカーブする階段の先に長い廊下が見えた。天井から吊るされた小型のシャンデリアが廊下を淡く照らしている。
廊下の最奥の部屋の扉を佐藤はノックした。数秒後に開いた扉から顔を出したのはスコーピオン。佐藤はスコーピオンに促されてこの屋敷の主の部屋に足を踏み入れた。
部屋のインテリアは佐藤が初めてこの屋敷を訪れた7年前の夏とさほど変わらない。12畳以上はある広々としたこの部屋はマスターベッドルーム、主寝室と呼ばれている。
佐藤と入れ違いにスコーピオンが部屋を出ていく。
『やぁ。お疲れ様』
犯罪組織カオスのキング、貴嶋佑聖が悠然とソファーに座っている。佐藤は貴嶋に一礼して彼の向かいのソファーに腰掛けた。
『こちらが報告書です』
佐藤がメモリースティックを貴嶋の前に置く。メモリースティックを掴んだ貴嶋は立ち上がった。
『そろそろ1ヶ月が過ぎたね。“三浦先生”の調子はどうだい?』
貴嶋は机上にあるデスクトップのパソコンにメモリースティックを差し込むと顔を上げた。ソファーにいる佐藤の表情に変化はない。
『まさか自分が大学の講師をやることになるとは思いませんでした』
『三浦のマスク、よく出来ているだろう。ファントムの自信作だそうだ』
メモリースティック内部のデータが貴嶋のパソコンに映し出される。それは浅丘美月に関するデータだ。
『よく出来すぎですよ。ファントムが無駄に凝ったマスクを作ったおかげで、色々と面倒な女が寄ってきて厄介なんですが』
佐藤は今日の志田絵理奈の事を思い出して憮然とした。美月のデータを閲覧する貴嶋は笑っている。
『三浦の行動に関して細かな注意はしないよ。任務に支障の出ない程度に女と遊んでくれても私は構わない』
『美月以外の女に興味はありません。最初にこの任務を命じられた際にもお尋ねしましたが、美月の日常を調べる役目をなぜ俺に?』
『前にも言ったはずだよ。大学に潜り込ませるには教員免許のある君が適任だ』
パソコンに表示された報告書には美月の大学での生活や交流のある友人の名前、大学の週間スケジュールに成績、バイト先での様子、頻繁に買い物に行く店や場所などが事細かに記してある。
佐藤の主観で見た20歳の浅丘美月の実像だ。
『教員免許と言っても俺が持っているのは中学の社会科の免許ですし、あくまでも佐藤瞬の名義です。ファントムに変装用のマスクを造らせて三浦英司なんて架空の人間を作り上げなくても、最初から美月と面識のない人間を潜り込ませる方が早いですよ』
『確かにね。でも駄目だ。美月に近付いてもいい人間は私以外では君だけだからね。授業で美月と会えて嬉しいだろう?』
『そんな単純なものでもありませんよ。こちらはいつ、三浦が佐藤瞬の変装だと美月に知られてしまうか肝を冷やす思いなんです。美月の知る俺とは口調や声色を変えていても、あの子は妙なところで勘が鋭いので……』
美月の三浦英司を見る訝しげな瞳は何かを疑い、探っている目付きだ。
緩やかにカーブする階段の先に長い廊下が見えた。天井から吊るされた小型のシャンデリアが廊下を淡く照らしている。
廊下の最奥の部屋の扉を佐藤はノックした。数秒後に開いた扉から顔を出したのはスコーピオン。佐藤はスコーピオンに促されてこの屋敷の主の部屋に足を踏み入れた。
部屋のインテリアは佐藤が初めてこの屋敷を訪れた7年前の夏とさほど変わらない。12畳以上はある広々としたこの部屋はマスターベッドルーム、主寝室と呼ばれている。
佐藤と入れ違いにスコーピオンが部屋を出ていく。
『やぁ。お疲れ様』
犯罪組織カオスのキング、貴嶋佑聖が悠然とソファーに座っている。佐藤は貴嶋に一礼して彼の向かいのソファーに腰掛けた。
『こちらが報告書です』
佐藤がメモリースティックを貴嶋の前に置く。メモリースティックを掴んだ貴嶋は立ち上がった。
『そろそろ1ヶ月が過ぎたね。“三浦先生”の調子はどうだい?』
貴嶋は机上にあるデスクトップのパソコンにメモリースティックを差し込むと顔を上げた。ソファーにいる佐藤の表情に変化はない。
『まさか自分が大学の講師をやることになるとは思いませんでした』
『三浦のマスク、よく出来ているだろう。ファントムの自信作だそうだ』
メモリースティック内部のデータが貴嶋のパソコンに映し出される。それは浅丘美月に関するデータだ。
『よく出来すぎですよ。ファントムが無駄に凝ったマスクを作ったおかげで、色々と面倒な女が寄ってきて厄介なんですが』
佐藤は今日の志田絵理奈の事を思い出して憮然とした。美月のデータを閲覧する貴嶋は笑っている。
『三浦の行動に関して細かな注意はしないよ。任務に支障の出ない程度に女と遊んでくれても私は構わない』
『美月以外の女に興味はありません。最初にこの任務を命じられた際にもお尋ねしましたが、美月の日常を調べる役目をなぜ俺に?』
『前にも言ったはずだよ。大学に潜り込ませるには教員免許のある君が適任だ』
パソコンに表示された報告書には美月の大学での生活や交流のある友人の名前、大学の週間スケジュールに成績、バイト先での様子、頻繁に買い物に行く店や場所などが事細かに記してある。
佐藤の主観で見た20歳の浅丘美月の実像だ。
『教員免許と言っても俺が持っているのは中学の社会科の免許ですし、あくまでも佐藤瞬の名義です。ファントムに変装用のマスクを造らせて三浦英司なんて架空の人間を作り上げなくても、最初から美月と面識のない人間を潜り込ませる方が早いですよ』
『確かにね。でも駄目だ。美月に近付いてもいい人間は私以外では君だけだからね。授業で美月と会えて嬉しいだろう?』
『そんな単純なものでもありませんよ。こちらはいつ、三浦が佐藤瞬の変装だと美月に知られてしまうか肝を冷やす思いなんです。美月の知る俺とは口調や声色を変えていても、あの子は妙なところで勘が鋭いので……』
美月の三浦英司を見る訝しげな瞳は何かを疑い、探っている目付きだ。