早河シリーズ第六幕【砂時計】
今日、美月の前で思わず彼女の名を口にしてしまったのは失態だった。プリント提出の順番と咄嗟の言い訳を列ねて誤魔化しても、美月は最後まで怪しんでいた。
『もしも三浦英司が佐藤瞬だと美月に知られても、それはそれで面白いことになるなぁ』
『悠長に面白がらないでくださいよ。授業以外で美月と接触しない限りは、正体がバレることはないと思います。どうやら美月は三浦が気に入らないようですし』
『美月は三浦をお気に召さなかったのか? 愛しの佐藤瞬の変装なのに?』
『佐藤瞬の変装だから気に入らないのかもしれませんね。俺としては三浦が美月に嫌われるなら好都合です。嫌いな人間には必要以上に関わりを持とうとはしませんからね』
佐藤は貴嶋宛に持参したもうひとつの報告書を手に取る。それはメモリースティックではなく、ギリシャ神話と人間心理学の授業で美月が書いた心理分析のレポートのコピー。
手書きされた丸みのある綺麗な書体の文字が並んでいる。
『わずかな時間でも美月と過ごせる時間を与えていただけて感謝はしています』
『美月に触れられなくてもかい?』
『……ええ。触れられなくても同じ空間に居られるだけで充分です』
『陳腐な表現となるがそれが究極の愛の形かもしれないね。……それにしても美月は楽しい大学生活を過ごしているようだ。復学してからも何事もなく。健勝で何より』
椅子のキャスターを引いた反動で貴嶋は腰を上げた。
『美月の生活を調べて……キングは最終的に美月をどうするおつもりですか?』
デスクを回ってこちら側にやって来た貴嶋に佐藤は問う。貴嶋は飄々とした態度で佐藤の前に座った。
『さてね。あの光のお姫様の行く末は……どうしようかな。彼女は籠《カゴ》の中に閉じ込めても、すぐに逃げてしまいそうだよね』
その気になればヤクザの組ひとつ簡単に潰してしまう犯罪組織の帝王は、まだ20歳の女子大生が書いた心理分析のレポートに興味深げに目を通していた。
『もしも三浦英司が佐藤瞬だと美月に知られても、それはそれで面白いことになるなぁ』
『悠長に面白がらないでくださいよ。授業以外で美月と接触しない限りは、正体がバレることはないと思います。どうやら美月は三浦が気に入らないようですし』
『美月は三浦をお気に召さなかったのか? 愛しの佐藤瞬の変装なのに?』
『佐藤瞬の変装だから気に入らないのかもしれませんね。俺としては三浦が美月に嫌われるなら好都合です。嫌いな人間には必要以上に関わりを持とうとはしませんからね』
佐藤は貴嶋宛に持参したもうひとつの報告書を手に取る。それはメモリースティックではなく、ギリシャ神話と人間心理学の授業で美月が書いた心理分析のレポートのコピー。
手書きされた丸みのある綺麗な書体の文字が並んでいる。
『わずかな時間でも美月と過ごせる時間を与えていただけて感謝はしています』
『美月に触れられなくてもかい?』
『……ええ。触れられなくても同じ空間に居られるだけで充分です』
『陳腐な表現となるがそれが究極の愛の形かもしれないね。……それにしても美月は楽しい大学生活を過ごしているようだ。復学してからも何事もなく。健勝で何より』
椅子のキャスターを引いた反動で貴嶋は腰を上げた。
『美月の生活を調べて……キングは最終的に美月をどうするおつもりですか?』
デスクを回ってこちら側にやって来た貴嶋に佐藤は問う。貴嶋は飄々とした態度で佐藤の前に座った。
『さてね。あの光のお姫様の行く末は……どうしようかな。彼女は籠《カゴ》の中に閉じ込めても、すぐに逃げてしまいそうだよね』
その気になればヤクザの組ひとつ簡単に潰してしまう犯罪組織の帝王は、まだ20歳の女子大生が書いた心理分析のレポートに興味深げに目を通していた。