早河シリーズ第六幕【砂時計】
「なぎさちゃんは早河さんの助手になったんだって?」
「うん。ライターの仕事と掛け持ちで……」

 早河の話題が出てなぎさは少しばかり身構えた。恵の顔を正面から見るのが怖い。

「早河さんが警察を辞めて探偵になったことはなぎさちゃんのお父様から伺っていたの。でもまさか、なぎさちゃんが出版社を辞めてそこで働くとは思わなかったなぁ」
「ほとんど押し掛け同然で無理やり雇ってもらったんです。どうしてもお兄ちゃんの仇《かたき》がとりたかったから」

紙ナプキンで口元を拭い、恵の顔色を窺うように恐る恐る視線を上げた。なぎさの予想に反して恵は穏やかな表情をしている。

「なぎさちゃんのそういうバイタリティのあるところ、好きなんだ。秋彦は無鉄砲なだけだってぼやいていたけど、私は臆病な方だから何でも臆せず飛び込んでいくなぎさちゃんが羨ましいし、すごく好きだよ」
「恵さん……」

 本当にこの人と家族になりたかった。“お義姉ちゃん”と呼びたかった。人がひとりいなくなった、それだけで誰かの人生を変えてしまう。

「早河さんとは上手くやれてる?」
「どうだろう。上手く……やれてるのかなぁ。最初はもっと優しい人だと思っていたんですよ。でも人使いは荒くて口は悪いし……」

 早河のことを思い出してつい表情が緩んでしまった彼女はそれが失敗だと気付いた。だが気付いた時にはもう遅かった。

「早河さんと仲良くやれてるのね」

まずい、そう思ったが恵に怒りの様子はない。
早河への恋心を恵に知られたくなかった。

 兄の秋彦が命を落としたそもそもの原因は早河だ。早河を庇って秋彦は死んだ。
その早河に秋彦の妹のなぎさが恋をしていると知った恵はどう思う?
怖くて言えない。知られたくない。

この恋はしてはいけない恋だと自分でもわかっている。早河を好きになってはいけなかった。

「なぎさちゃん、もしかして早河さんのこと好き?」
「えっ……ヤダなぁ。恵さん何言ってるの?」
「なんとなくね。さっきの、早河さんのことを話してるなぎさちゃんの様子からそうなのかなって。違う?」
「違いますよー。私の好みとかけ離れていますし、ありえません。ただの上司です」

 笑って誤魔化すなぎさの嘘に恵は騙されてくれただろうか? でも今は誤魔化すしかない。
なぎさの誤魔化しが通じたのか、それから恵が早河の件に触れることはなかった。

 現在は群馬に居住する恵が東京に来たのは今週末にある友人の結婚式に出席するためらしい。
東京に来るついでにかつての婚約者の妹をランチに誘ってくれたのだ。それは嬉しくもあるが、早河に恋をしたことで恵に対して生まれた罪悪感。

その罪悪感が心にくすぶり続けて、恵との2年振りの再会を心から喜べない自分がいた。
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