早河シリーズ第六幕【砂時計】
缶ビールに口をつけてベッドに浅く腰かけた彼は、いまだに扉の前から動かないなぎさを一瞥して笑った。
『こっちおいでよ。そんなところに突っ立ったままじゃ何もできないよ?』
「何も……するつもりはないです」
『へぇ。何もするつもりがないのに男の部屋に来たの? 無用心だなぁ』
サイドテーブルに缶ビールを置いた金子がなぎさに歩み寄る。
『俺もそこまでお人好しじゃないし、優しくもないよ。香道さんが俺の部屋に来たのなら朝まで帰す気はない。本気で襲うけどいい?』
「金子さんの部屋に来たのは電話では失礼だと思ったからです。直接お断りしたくて……」
普段の金子とは違う、彼が醸し出す男の迫力にたじろいだが、ここで流されてはいけない。部屋に行けばこうなることは予想がついていた。
「金子さんとはお付き合いできません。ごめんなさい」
『女と腕組みながら夜の街に消えた男のどこがいいの?』
「あれは仕事です」
強い口調で反論するなぎさの頬に金子が触れた。すぐに部屋を出ていけるように扉を背にしていても、扉のロック位置には金子の手がある。
彼の顔が近付いて来てなぎさは固く口を閉じて身構えた。唇の接触まであと数センチの距離で金子の動きが止まる。
『あの時泣いてたくせに。そんなにあの男が好き?』
「はい」
『このまま想い続けても幸せになれないかもしれないのに?』
「金子さんには関係ありません。幸せかそうじゃないかは私が決めます。泣くことも沢山あっても、私は彼を好きになれて幸せなんです」
身動きひとつしない金子となぎさ。金子は無言でなぎさを見つめて失笑した。
『俺の負けだ』
肩を落とした彼は項垂れて近くの壁にもたれた。
『悔しいけど負けたよ。香道さんの好きな男に……。完敗』
「ごめんなさい」
『いいんだ。香道さんの言うとおりだよ。幸せかそうじゃないかは、香道さんが決めることだよね。俺は勝手に香道さんが不幸だと決めつけていた。俺の方こそごめん』
頭を垂らす金子になぎさはかける言葉が見つからず、首を横に振ることしかできなかった。
『香道さんの気持ちはわかったよ。……もう行きなよ』
「はい。また明日……おやすみなさい」
『おやすみ』
扉の閉まる音がすると同時に金子はその場に座り込む。堪えていたものが溢れて、目元を濡らした。
『本気で惚れた女に振られるのはキツイなぁ……』
自嘲気味に笑った彼は潤んだ目元を手のひらで押さえた。
彼の悪あがきはどうやら無駄な抵抗だったようだ。
第二章 END
→第三章 失速の交差点 に続く
『こっちおいでよ。そんなところに突っ立ったままじゃ何もできないよ?』
「何も……するつもりはないです」
『へぇ。何もするつもりがないのに男の部屋に来たの? 無用心だなぁ』
サイドテーブルに缶ビールを置いた金子がなぎさに歩み寄る。
『俺もそこまでお人好しじゃないし、優しくもないよ。香道さんが俺の部屋に来たのなら朝まで帰す気はない。本気で襲うけどいい?』
「金子さんの部屋に来たのは電話では失礼だと思ったからです。直接お断りしたくて……」
普段の金子とは違う、彼が醸し出す男の迫力にたじろいだが、ここで流されてはいけない。部屋に行けばこうなることは予想がついていた。
「金子さんとはお付き合いできません。ごめんなさい」
『女と腕組みながら夜の街に消えた男のどこがいいの?』
「あれは仕事です」
強い口調で反論するなぎさの頬に金子が触れた。すぐに部屋を出ていけるように扉を背にしていても、扉のロック位置には金子の手がある。
彼の顔が近付いて来てなぎさは固く口を閉じて身構えた。唇の接触まであと数センチの距離で金子の動きが止まる。
『あの時泣いてたくせに。そんなにあの男が好き?』
「はい」
『このまま想い続けても幸せになれないかもしれないのに?』
「金子さんには関係ありません。幸せかそうじゃないかは私が決めます。泣くことも沢山あっても、私は彼を好きになれて幸せなんです」
身動きひとつしない金子となぎさ。金子は無言でなぎさを見つめて失笑した。
『俺の負けだ』
肩を落とした彼は項垂れて近くの壁にもたれた。
『悔しいけど負けたよ。香道さんの好きな男に……。完敗』
「ごめんなさい」
『いいんだ。香道さんの言うとおりだよ。幸せかそうじゃないかは、香道さんが決めることだよね。俺は勝手に香道さんが不幸だと決めつけていた。俺の方こそごめん』
頭を垂らす金子になぎさはかける言葉が見つからず、首を横に振ることしかできなかった。
『香道さんの気持ちはわかったよ。……もう行きなよ』
「はい。また明日……おやすみなさい」
『おやすみ』
扉の閉まる音がすると同時に金子はその場に座り込む。堪えていたものが溢れて、目元を濡らした。
『本気で惚れた女に振られるのはキツイなぁ……』
自嘲気味に笑った彼は潤んだ目元を手のひらで押さえた。
彼の悪あがきはどうやら無駄な抵抗だったようだ。
第二章 END
→第三章 失速の交差点 に続く