早河シリーズ第六幕【砂時計】
 なぎさが日曜から行っている取材旅行先が京都だった。

『早河さん? どうしたんですか?』

高木が早河の異変に気付いて声をかけるが早河の耳には届かない。早河はその場で携帯を出してなぎさの携帯番号に繋げた。

{……電源が入っていない為……}

 なぎさの携帯電話は電源が切られていた。早河は舌打ちして携帯を乱暴にテーブルに放る。カウンターを滑った携帯が危うく下に落ちそうになり、高木が慌てて受け止めた。

『早河さん、ちょっとこれ飲んで落ち着いてください』

早河は出された二杯目の烏龍茶を喉に流す。停止していた思考がゆっくり動き出した。

 早河が最初に高木に見せた写真は犯罪組織カオスの幹部、ケルベロスだと疑っている人物の写真だ。

高木の目撃証言によると、昨夜ケルベロスが女を連れてこの店に現れた。そして二人の会話に“京都”という言葉が出てきた。
これが偶然なはずない。ケルベロスの狙いは……。

 そこまで思考を巡らせた時に早河の携帯電話が振動した。着信表示は宮崎明子。香澄が勤務する小料理屋〈ひより〉の女将だ。

『はい、早河です』
{ひよりの女将の宮崎です。あの、香澄ちゃんが……}

普段はおっとりした口調の明子がひどく慌てている。

『香澄に何かあったんですか?』
{……香澄ちゃんが……刺されて……}
『刺された?』

 早河は高木と顔を見合わせた。高木も開店準備の手を止めて息を呑む。

{出勤時間になっても香澄ちゃんが来なくて、電話にも出ないから家に様子を見に行ったんです。そうしたら……香澄ちゃんが家の中で血だらけになって倒れていて……}
『香澄は……今は……』

携帯を持つ手も話す声も、全身が震えていた。

{まだ手術中なの}
『どこの病院ですか? 俺もすぐに行きます』

明子から病院の場所を聞いてメモする。香澄と面識のある高木は電話が終わるとカウンターに身を乗り出した。

『香澄ちゃんが刺されたって大丈夫なんですか?』
『詳細はまだわからないが手術中らしい。お前も気をつけてくれ。オーナーには近いうちにここを辞められるよう、俺から話をつけておく。このバーはカオスが取引に使うと噂されている店だ。長居は危険だからな』

 高木は表情を固くして頷いた。バーを出た早河は近くの駐車場に停めた車に乗り込んで病院に向かった。

 香澄が運ばれた病院は香澄の自宅近くの総合病院。早河は病院の艶のある廊下に立って集中治療室の扉を見つめた。

 手術を終えた香澄の容態は一時的には安定している。しかしまだ意識が戻らず危険な状態だ。
廊下のソファーには小料理屋の大将の宮崎と妻の明子が悲痛な表情で座っている。

香澄の血縁者にも連絡は行っているがここには現れない。今の香澄には小料理屋の宮崎夫妻が親代わりだ。
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