早河シリーズ第六幕【砂時計】
 打ち合わせが終了すると金子はノートパソコンの画面をなぎさに見せた。

『これが去年の箱根の特集。今年は箱根じゃなくて京都なんだけど』

画面には二葉書房が奇数月に掲載している二十代から三十代向けのライフスタイルWebマガジンのページが載っていた。金子がなぎさに見せたのは去年のデータだ。

このWebマガジンには毎年、カップル企画が組まれていて去年の箱根は温泉めぐりデートの特集だった。

『社員じゃない香道さんにこんな頼み事してごめんね』
「いいですよ。私も楽しみにしているんです。仕事ですけど、遠出も久しぶりなので」

 明後日、8日の日曜日から10日火曜日までの3日間、なぎさは編集者の金子、金子の上司とカメラマンの四人でカップル旅行特集の取材で京都に赴く。

 旅行デートの取材なので金子が彼氏役を務めるのだが、相手役の女性社員は身内に不幸が起きて故郷に帰省中だ。
彼女役の代役として白羽の矢が立ったのが二葉書房と契約しているなぎさだった。代役を頼まれたのは先週だ。

『急な話だったけど、もうひとつの仕事は平気?』
「大丈夫です。上司には休みの許可はもらっています」

 早河には代役を頼まれた先週に9日と10日は休むと伝えてある。
元々、ライターの仕事を優先させることが早河の事務所で雇ってもらう条件だった。なぎさがライターの仕事で探偵事務所に出勤できなくても早河は怒らない。

『今夜、もし空いてるなら夕飯一緒にどうかな?』

 金子のなぎさを見る目付きが変わった。最近の金子は時折こういう熱っぽい眼差しをする。
編集者と契約ライター、友達同士、そんな関係性で相手を見ているのではない。

 男と女。眼差しからは彼の好意が感じられた。
金子の好意には去年の冬から薄々気付いていた。彼がストレートなアクションを起こすことはなく、たまに二人で打ち合わせがてらの食事に出掛けることもあるが、彼との間には何もない。

(告白されてはいないし、だけどこのまま曖昧にはぐらかすのも金子さんに失礼だよね……)

どうしたらいいものか。彼女は逡巡《しゅんじゅん》の末、金子の誘いを受けた。
ライターとして編集者と良好な関係を築くのは必要不可欠。これも仕事の一貫だ、そう思うことにした。
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