早河シリーズ第六幕【砂時計】
翌週、月曜日の夜にケルベロスと密会していた推定三十代の女。目撃者の高木涼馬が言うには、女のイメージはサスペンスドラマで夫を殺された未亡人。
火曜日に連絡の取れなくなったなぎさ。
桐原恵が恨むとすればなぎさではなく早河だ。それを知っているから友里恵も恵の来訪を早河に話したのだろう。
仮にも義妹になるはずだったなぎさに恵が危害を加えるとは考えにくい。しかし何か引っ掛かりを感じる。
(とにかく今はなぎさを捜そう)
早河はネクタイを締めて自宅を出た。無意識に手に取っていた今日のネクタイは以前、なぎさと買い物に出掛けた折に彼女が選んだネクタイだった。
まずはもう一度なぎさのマンションに向かう。呼び鈴を鳴らしてもやはり応答はなかった。
例えば旅行日程が一日延びてまだ京都にいる、例えば終電を逃してどこかに泊まっていた、例えば携帯電話が繋がらなかったのは充電が切れていたからだった、理由はなんでもいいから何事もなく彼女が扉からひょっこり顔を出してくれたらいい。
それが本音だった。その祈りも虚しく、なぎさの部屋の扉は開かない。
なぎさの部屋番号の郵便受けには主が不在で取り出されていない郵便物が溜まっていた。
なぎさのライターとしての仕事を詳しくは知らない。ただ、前に彼女がライター契約を結んでいる出版社の名前と住所をメモ書きして渡してくれたことがあった。
事務所に戻ってデスクの引き出しにしまいこんだメモを探す。どこかの地方のご当地キャラクターのイラストがプリントされたメモ用紙には、三つの出版社の名前が書かれていた。
文陽社、泉出版、二葉書房。なぎさが取材旅行を頼まれた出版社はこの三社のどれかだろう。こんな事態になるのなら取材旅行の話をちゃんと聞いておくべきだった。
『ここからだと二葉書房が一番近いな』
早河は二葉書房のある恵比寿方面に車を走らせた。恵比寿に到着したのは午前10時。
早河は恵比寿駅前にある二葉書房のビルに入った。なぎさがライター契約しているのは文芸編集部。
フロア案内で文芸部の階を確認してエレベーターで目的の階に上る。
文芸部のフロアでエレベーターを降りた早河は、廊下ですれ違った女性に営業用の愛想を振り撒いて声をかけた。なぎさと同年代に見える女性が首から提げている社員証の名前には岩下とある。
『編集長さんはいらっしゃいますか? こちらでライター契約をしている香道なぎさの知人の者です。彼女についてお尋ねしたいことがあるのですが』
「香道さんのことですか? えっと……」
岩下は無意識にフロアの奥を見た。
火曜日に連絡の取れなくなったなぎさ。
桐原恵が恨むとすればなぎさではなく早河だ。それを知っているから友里恵も恵の来訪を早河に話したのだろう。
仮にも義妹になるはずだったなぎさに恵が危害を加えるとは考えにくい。しかし何か引っ掛かりを感じる。
(とにかく今はなぎさを捜そう)
早河はネクタイを締めて自宅を出た。無意識に手に取っていた今日のネクタイは以前、なぎさと買い物に出掛けた折に彼女が選んだネクタイだった。
まずはもう一度なぎさのマンションに向かう。呼び鈴を鳴らしてもやはり応答はなかった。
例えば旅行日程が一日延びてまだ京都にいる、例えば終電を逃してどこかに泊まっていた、例えば携帯電話が繋がらなかったのは充電が切れていたからだった、理由はなんでもいいから何事もなく彼女が扉からひょっこり顔を出してくれたらいい。
それが本音だった。その祈りも虚しく、なぎさの部屋の扉は開かない。
なぎさの部屋番号の郵便受けには主が不在で取り出されていない郵便物が溜まっていた。
なぎさのライターとしての仕事を詳しくは知らない。ただ、前に彼女がライター契約を結んでいる出版社の名前と住所をメモ書きして渡してくれたことがあった。
事務所に戻ってデスクの引き出しにしまいこんだメモを探す。どこかの地方のご当地キャラクターのイラストがプリントされたメモ用紙には、三つの出版社の名前が書かれていた。
文陽社、泉出版、二葉書房。なぎさが取材旅行を頼まれた出版社はこの三社のどれかだろう。こんな事態になるのなら取材旅行の話をちゃんと聞いておくべきだった。
『ここからだと二葉書房が一番近いな』
早河は二葉書房のある恵比寿方面に車を走らせた。恵比寿に到着したのは午前10時。
早河は恵比寿駅前にある二葉書房のビルに入った。なぎさがライター契約しているのは文芸編集部。
フロア案内で文芸部の階を確認してエレベーターで目的の階に上る。
文芸部のフロアでエレベーターを降りた早河は、廊下ですれ違った女性に営業用の愛想を振り撒いて声をかけた。なぎさと同年代に見える女性が首から提げている社員証の名前には岩下とある。
『編集長さんはいらっしゃいますか? こちらでライター契約をしている香道なぎさの知人の者です。彼女についてお尋ねしたいことがあるのですが』
「香道さんのことですか? えっと……」
岩下は無意識にフロアの奥を見た。